風に吹かれて旅するブログ

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英国ウィリアム王子東日本大震災の被災地宮城福島を訪れ市民との交流を深め、被災者励ます 

■ウィリアム王子 震災の犠牲者に花束

イギリス王室のウィリアム王子は東日本大震災被災地の宮城県石巻市と女川町を訪れ、震災の犠牲者に花束をささげるとともに市民との交流を深めました。

 

ウィリアム王子は、まず石巻市の地元紙で津波によって輪転機が使えなくなったなかでも翌日から手書きの壁新聞を発行し続けた石巻日日新聞の資料館を訪れました。


資料館の武内宏之館長から当時の状況の説明を受ながら手書きの壁新聞を視察し、「津波はどのくらいの時間で来ましたか」とか「救助はすぐにありましたか」と質問していました。


続いて、石巻市津波の被害を受けた地域を一望できる高台の日和山公園を訪れ、イギリスと日本の国旗を手にした大勢の市民から歓迎を受けました。


石巻市亀山市長から震災当時の様子を聞くと、ウィリアム王子は「今回の来日の目的は被災地をできるだけ早く訪問することだった」と話しました。


そして、震災の犠牲者に花束をささげたあと、地元の小学生2人から仮設住宅で暮らす被災者が作った折り鶴を受け取り、交流を深めました。


宮城県で最後に訪れた女川町の仮設商店街では、地元に伝わる伝統芸能の獅子舞の出迎えを受けたあと、仮設商店街の店舗を視察し、地元の人から復興の状況について話を聞いていました。


また、震災のあとにがれきの中から見つかった「希望の鐘」を3回打ち鳴らし、集まった人たちと握手を交わしていました。

■ウィリアム王子、母亡くした思い語り被災者励ます 石巻
英国のウィリアム王子は1日、東日本大震災津波被害を受けた宮城県石巻市と女川町を訪れた。津波の惨状を聞き、家族を亡くした人に励ましの言葉をかけた。


 石巻市では石巻日日新聞社の展示施設を訪れ、震災直後に発行された手書きの壁新聞を見学した。子ども3人を亡くした遠藤伸一さん(46)、綾子さん(46)夫妻とも懇談。「私も若いころ、大切な母(ダイアナ元妃)を亡くし、少しは2人の気持ちが分かる。母を思い出してつらい時は今日のことを思い出します」。涙ぐむ伸一さんの腕をさすって「あなたは立派な父親だと思う」と励ました。

 被災地域を見渡せる日和山公園では、200人ほどの歓声に迎えられた。花束を地面に置き、20秒ほど黙禱(もくとう)。市内の小学5年と6年の女子児童が「日本からのプレゼントです」と仮設住宅被災者がつくった2羽の折り鶴を手渡すと、「息子のジョージのお土産にします」と笑顔で言った。

 女川町の「きぼうのかね商店街」では、町民ら数百人と獅子舞の出迎えを受けた。仮設店舗に立ち寄った後、がれきから見つかった「希望の鐘」を3回打ち鳴らした。15分ほどの滞在の最後、出発を待つ車とは逆方向に向かい、町民ら一人ひとりと握手し、言葉を交わした。

■ウィリアム王子が宮城訪問 肩さすり被災者励ます

 来日中の英国のウィリアム王子は1日、東日本大震災被災地、宮城県を訪問し、被災者と交流した。

 石巻市では、震災直後に手書きの新聞を発行した石巻日日新聞を訪れ、津波で3人の子どもを亡くした遠藤伸一さん(46)夫妻と面会。伸一さんが時折涙を流すと、肩をさすりながら「私も昔大事な母を亡くしている」と、故ダイアナ元妃のことに触れ、「これからつらいときに今日のことを思い出す。あなたは立派な父親だ」と語り掛けた。

 夫妻は、がれきの木と英国の国木のオークで作ったストラップを、キャサリン妃と生まれてくる子供たちのためにプレゼントした。

 日和山では、犠牲者を悼んで献花。小学生らから折り鶴を渡されると「ありがとう」と日本語で話し「息子のお土産にする。きっと喜ぶ」と答えた。

■イギリスのウィリアム王子が2月28日、福島県を訪問し、子供たちと交流したり、地元の食材を使った夕食を楽しんだりした。訪問が実現したのは、王子自らが強く希望したためだという。

ジャーナリストの多賀幹子さんは、3月1日の報道ステーションSUNDAYで、ウィリアム王子の被災地訪問は、母である故ダイアナ元妃の存在が大きいと解説。1995年のダイアナ妃来日について紹介した。

1995年は阪神淡路大震災が起こった年だ。ダイアナ妃は震災の翌月に来日。被災者への面会を希望したが、交通事情や警備事情などがあり、直接見舞うことができなかった。ダイアナ妃はイギリスに戻った後、ウィリアム王子やヘンリー王子などに、面会できなかったことを伝えたのだという。

その後もダイアナ妃はウィリアム王子に、苦しんでいる人や悲しい思いをしている人に寄り添う精神を教えた。今回の来日でウィリアム王子が被災地訪問望んだのも、そんなダイアナ妃の思いを受け継いだものだった。

ウィリアム王子は福島訪問で、福島第一原子力発電所から約60kmの位置にある本宮市の屋内・屋外遊び場「スマイルキッズパーク」で、ボールで遊ぶなどして子供たちと交流した。施設の屋外でオーク(ヨーロッパナラ)の植樹を行った際には、一緒に植えた子供たちに次のような言葉をかけた。


「この木がどの木よりも大きくなるといいね。見守ってください。ぜひ報告してください」
 

安倍晋三首相は2/28日、来日中の英国のウィリアム王子を迎えて、東日本大震災被災した福島県を視察した。震災と原発事故からの復興を目指す現地の姿を世界に訴え、海外で根強い風評被害を払拭する狙いがある。

 首相の被災地視察は22回目。同県郡山市の復興公営住宅の住民らと意見交換後、児童運動施設「スマイルキッズパーク(同県本宮市)」で王子を出迎えた。

 首相と王子がボールプールに入り、子供たちとふれあった。王子が3つのボールを使ったジャグリングを披露すると、子供たちから「すごい」などの歓声が上がり、首相も「おお」と手をたたいて感心した様子だった=写真。

 2人は同宿先の温泉旅館で浴衣姿でくつろぎ、福島県産食材による和食に舌鼓を打った。1日には首相は王子と別れ、常磐自動車道の開通式などに出席する。


 王子は1日午後、成田空港から次の訪問国・中国に向かった。

ケンブリッジ公ウィリアム王子(Prince William)

ケンブリッジ公ウィリアム王子(Prince William, Duke of Cambridge、全名: ウィリアム・アーサー・フィリップ・ルイス(William Arthur Philip Louis、英語発音: [ˈwiljəm ˈɑːrθər ˈfilip ˈluːis])、1982年6月21日 - )は、イギリス王室成員で、イギリス王太子チャールズの長男。イギリス女王エリザベス2世の孫で、父のチャールズに次ぎ王位継承順位第2位の地位にある。

公式の称号は His Royal Highness Prince William, Duke of Cambridge(ケンブリッジ公ウィリアム王子殿下)、兄弟に2歳年下の弟ヘンリー(ハリー)がおり、両者の生母は1997年8月末に亡くなったダイアナである。

姓はマウントバッテン=ウィンザー(Mountbatten-Windsor)とされるが、法的にはウィンザー(Windsor)であるともされる[1]。いずれにせよ、王族であるため通常は姓を称することはない。公式には、自らが爵位を得る前は、(他の有爵者の子と同様に)父の称号(プリンス・オブ・ウェールズ)から、オブ・ウェールズをクリスチャン・ネームに後置して使用していた(HRH Prince William of Wales)が、結婚とともにケンブリッジ公位を得たため、これにより公式には(オブ・ウェールズではなく)ケンブリッジ公と称することとなった(HRH Prince William, Duke of Cambridge)。なお、大学ではウィリアム・ウェールズという名前を使用していた。

ウィリアム王子
Prince William

ケンブリッジ公
Duke of Cambridge

 

称号
ケンブリッジ公

全名
ウィリアム・アーサー・フィリップ・ルイス
William Arthur Philip Louis

身位
Prince(王子)

敬称
His Royal Highness(殿下)

出生
1982年6月21日(32歳)


配偶者
ケンブリッジ公爵夫人キャサリン

子女
ジョージ・オブ・ケンブリッジ王子

父親
ウェールズ公チャールズ

母親
ウェールズ公妃ダイアナ

略歴

1982年6月21日に西ロンドン、パディントンの聖メアリ病院で生まれた。父のチャールズはイギリス王太子、母ダイアナは第8代スペンサー伯エドワードの娘である。

ロンドン西部にある保育所や幼稚園に通い、小学校はバークシャーのルドグローブ小学校に通った。ウィリアムは小学校に通学した最初のイギリス王子である。その後、名門パブリックスクールであるイートン校に学び、地理、生物、歴史ではAの成績を取った。卒業後1年間のギャップ・イヤーにはチリでのボランティアを経験している。

大学はスコットランドセント・アンドルーズ大学に入学し、最初は美術史の専攻を選択したが、途中から地理学に変更した。大学ではウィリアム・ウェールズと名乗っていたほか、セント・アンドルーズの町では目立たない集合住宅に暮らすなどの生活を心がけ、近くのエディンバラの町でもよく見かけられた。また大学在学中は、イギリス王室とマスコミの協定により、取材攻勢から保護された。

2005年6月に大学を卒業した。卒業論文のテーマはモーリシャス・ロドリゲス島の珊瑚礁であり、大学院の入学資格もあるとみなされる“Upper Second”ランクの成績をとった。父王太子は“Lower Second”という1つ下のランクの成績での卒業であり、王子の成績はこれまでのイギリス王室の中では最高だった。卒業後短期間であるが、デヴォンシャー公爵領における事務およびロンドンのHSBC銀行の慈善事業部門において研修を行っている。

2015年2月26日、初めて日本を公式訪問した。東京都渋谷区の代官山蔦谷書店、横浜市の英連邦戦死者墓地などを訪問し、福島県宮城県東日本大震災被災者たちと交流している。

軍歴
王室の伝統に従い、2006年1月サンドハースト王立陸軍士官学校に入学した。卒業後陸軍少尉に任官し、近衛騎兵連隊のブルーズ・アンド・ロイヤルズに配属された。2008年には海軍兵学校及び空軍士官学校でも教育を受け、海軍中尉及び空軍中尉の階級も保有することとなった。

2008年6月末、ヘリコプターで西インド諸島バルバドスの北東数百キロの海上を巡視中、高速で移動する不審な小型船を発見。遠洋には適さず、麻薬密輸に多く使われるタイプだったので、母艦に連絡し、母艦に同乗していた米沿岸警備隊員が小型船に乗り込んだところ、900キロのコカインが見つかった。

2008年11月、イギリス空軍の戦闘ヘリで訓練を行っているウィリアムが私的な目的で5回にも及ぶ隊規違反を起こしたことがスクープされた。問題の訓練飛行の費用は、8万6434ポンド(約1300万円)に上るという。

2009年1月、陸海空軍の大尉に昇進した。2011年からは、名誉職としてアイリッシュガーズの連隊長を務めている。結婚式の際は、同連隊の制服に連隊長(大佐)の階級章を付けて着用していた。
2006年1月 - 2006年12月16日:陸軍士官候補生
2006年12月16日 - 2006年12月16日:陸軍少尉
2006年12月16日 - 2009年1月1日:陸軍中尉
2008年1月1日 - 2009年1月1日:空軍中尉、海軍中尉
2009年1月1日 - :海軍大尉、陸軍大尉、空軍大尉

その他
ゴシップが絶えないイギリス王室の中で、ウィリアムに対する国民の人気は高く、父王太子より彼を次期国王に推す声も存在する。容貌は母親似と言われるが、最近は父にも似て、頭髪もかなり薄くなってきている。また、近年では曽祖父のジョージ6世にも似てきている、との声も聞かれる。


2013年に、DNA検査により、インド人女性の直系子孫であることが判明した。母親であるダイアナ元妃の母方の第4曽祖母の母親がインド人であった。

結婚
学生時代に知り合ったキャサリン(ケイト)・ミドルトンと交際を開始、食事会に誘うなどして交流を深め、2011年4月に結婚した。交際期間においては、2007年1月彼女をパパラッチが執拗に追い掛け回しているのに激怒していると報道がされ、パパラッチに追い掛け回された母の二の舞にならないかと心配するなどしていた。

これを受けて英最大発行部数の大衆紙『ザ・サン』などを発行する「ニューズ・インターナショナル社」は、個人のプライバシーを守るという理由でパパラッチからの写真は掲載しない方針を決めた。

2010年11月16日、クラレンス・ハウス(父チャールズの公邸)はウィリアムとキャサリンが2011年に結婚すると発表した。4月29日に挙式を行い、同日ケンブリッジ公、ストラザーン伯とキャリクファーガス男爵の称号を授与された。

2013年7月22日、午後4時24分(日本時間:7月23日、午前0時24分)に第一王子ジョージが誕生。

逸話
ローティーンの頃憧れていたのは、スーパーモデルのシンディ・クロフォードであった。ウィリアムは母ダイアナに頼んで、シンディをケンジントン宮殿でのお茶に招待してもらった。3人でお茶の時間をともにしたが、憧れの女性を前にして恥ずかしさで真っ赤になり、話したくとも話せない状態になってしまった。


弟のヘンリー王子が起こしたナチス時代のドイツ軍服コスプレパーティー参加事件では、「服を選ぶ場所にいっしょにいたのに止めなかった」と父王太子から叱責を受けた。
大のサッカー好きで、プレミアリーグアストン・ヴィラFCの大ファン。イングランドサッカー協会の総裁職にも就いている。

■称号・敬称

ウィリアム王子の紋章
称号
1982年6月21日 - 2011年4月29日: His Royal Highness Prince William of Wales(ウィリアム・オブ・ウェールズ王子殿下)

2011年4月29日 - 現在: His Royal Highness Prince William, Duke of Cambridge(ケンブリッジ公爵ウィリアム王子殿下)


正式称号・敬称:His Royal Highness Prince William Arthur Philip Louis, Duke of Cambridge, Earl of Strathearn, Baron Carrickfergus, Royal Knight Companion of the Most Noble Order of the Garter(ケンブリッジ公爵、ストラザーン伯爵、キャリクファーガス男爵、ガーター勲章ロイヤル・ナイト・コンパニオン、ウィリアム・アーサー・フィリップ・ルイス王子殿下)

 

 

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