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春夏秋冬、風に吹かれて無常の世を漂い、旅する愛しき日々

日々のニュースや出来事・記念日・季節祭事・催事・時事・情報・気づき、等を風に吹かれながらまったりとお知らせしています。

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3月31日はオーケストラの日、教育基本法・学校教育法公布記念日、エッフェル塔落成記念日です。

季節祭事・記念日

3月31日はオーケストラの日、教育基本法学校教育法公布記念日、エッフェル塔落成記念日です。

○オーケストラの日

日本オーケストラ連盟が2007(平成19)年1月に制定し、その年から実施。

「み(3)み(3)に一番」「み(3)み(3)にいい(1)ひ」(耳に良い日)の語呂合せと、春休み期間中であり親子揃ってイベントに参加しやすいことから。
関連サイト •日本オーケストラ連盟 http://www.orchestra.or.jp

教育基本法学校教育法公布記念日

1947(昭和22)年のこの日、「教育基本法」と「学校教育法」が公布された。

翌日から施行され、学校教育の6・3・3・4制が発足した。

教育基本法は、その名のとおり、日本の教育に関する根本的・基礎的な法律である。教育に関するさまざまな法令の運用や解釈の基準となる性格を持つことから「教育憲法」と呼ばれることもある。

2006年(平成18年)12月22日に公布・施行された現行の教育基本法は、1947年公布・施行の教育基本法(昭和22年法律第25号)(以後旧法という)の全部を改正したものである。

 前文では、「たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願う」とした上で、この理想を実現するために教育を推進するとしている。

 本則は18条ある。第1章から第4章までに分けられており、それぞれ「教育の目的及び理念」「教育の実施に関する基本」「教育行政」「法令の制定」について規定されている。

旧法の概要
旧法は1947年3月31日に公布・施行された。

 教育基本法帝国議会における審議過程において、時の文部大臣高橋誠一郎は、教育基本法(案)は教育勅語とは矛盾しない旨の答弁をしていることなどから、異論もあるものの、急激な教育改革の下で基本文書とされたこともあり、1890年(明治23年)10月30日に発布された教育勅語に代わるものと位置づけられることが多い。

 

教育基本法教育勅語との関係については、1948年(昭和23年)6月19日の「教育勅語等排除に関する決議」と「教育勅語等の失効確認に関する決議」より確定されたものと言える。旧法の前文では、約1ヵ月後に施行される日本国憲法との関連が強く意識されており、日本国憲法に示された理想の実現が基本的に教育の力によると記載されている。

エッフェル塔落成記念日

1889(明治22)年のこの日、エッフェル塔の落成式が行われた。

パリのシャン・ド・マルスの広場に立つ鉄塔で、高さは約320m。パリ万博に合わせて建設され、フランス人技師エッフェルが設計した。


エッフェル塔(エッフェルとう、仏: La tour Eiffel)は、フランスの首都パリの象徴的な名所となっている塔である。パリ7区、シャン・ド・マルス公園の北西に位置する。

歴史
コンペティション開催
フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のために建造されるべくコンペティションが開かれた。ここで、ギュスターヴ・エッフェルほか2者の案が採用になった。設計者がステファン・ソーヴェストル、モーリス・ケクランとされたり、エッフェルは工事を請け負ったにすぎないとされたりするが、当時ソーヴェストルとケクランは、2者ともエッフェル社の社員で、エッフェルとともにコンペに参加していた。最終的にはエッフェルが著作権者となり、この塔の名前の由来になった。

1886年6月3日、コンペティション最優秀作品として委員会が選んだのは3案あり、フェルディナン・デュテルとジャン・カミーユ・ルミジュの作品(美術館など)と、エッフェル、ソーヴエストル、ケクランらの設計図であった。満場一致の採択であり、講評は「1889年の万国博覧会用に建てられる塔は決定的な特徴をもち、金属産業の独創的傑作として出現しなければならない。この目的に十分適うのはエッフェル塔のみと思われる」であった。こうしてエッフェル塔建設が始まる。

建設
建設は万博に間に合わせるため、2年2か月という驚異的な速さで行われ、1人の死者も出さなかった。総工費は650万フランであった。

建設当時の高さは312.3m(旗部を含む)で、1930年にニューヨークにクライスラービルが完成するまでは世界一高い建造物であった。現在は放送用アンテナが設置されたため、324mとなっている。展望台は3つあり、高さは57.6m、115.7m、276.1mである。第2展望台までは階段でも昇ることが可能。水圧エレベーターなど、当時の基本構造は今でも現役で稼動している。鋼製ではなく錬鉄製の塔である。塔の支点の下には、水平に保つためのジャッキがある。

観光
夜明けのエッフェル塔
現在では、パリを代表するシンボルとなっている。1991年、この塔を含むパリのセーヌ川周辺は世界遺産として登録された。1889年の完成から2006年までに、2億人以上の観光客がエッフェル塔を訪れた。この数字は、2006年に塔を訪れた6719200人を含んでいる。エッフェル塔は、世界でもっとも多くの人が訪れた有料建造物である。

エッフェル塔内部にはパリの景色を一望できるレストランが開業している。特に有名なのが、ミシュランガイドでも1つ星を獲得したことのある「ジュールベルヌ」である。

エッフェル塔は自殺の名所でもあり、毎年多数の人が飛び降りている。現在でも、展望台は簡単な柵あるいは金網が設置されているだけの吹きさらしである。1912年にはエッフェル塔最古の事故死の記録映像が撮影された。


チャールズ・リンドバーグの「翼よ、あれがパリの灯だ」という名言の「パリの灯」とは、1925年から1936年まで自動車メーカーのシトロエンエッフェル塔に掲げていた巨大な電飾広告の事だと言われることもあるが、「翼よ、あれがパリの灯だ」という台詞は日本における後世の脚色である。
東京タワーには正面があるがエッフェル塔には「正面」はない。