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仙台管区気象台は12日、蔵王山の火山性地震が11日以降、増加していると発表

蔵王山火山性地震増加 気象台、注意呼び掛け

 仙台管区気象台は12日、宮城、山形両県にまたがる蔵王山火山性地震が11日以降、増加していると発表した。噴火予報は「平常」から引き上げないが、火山活動がやや活発な状態が続いており、気象台は「火口に近づく際は十分注意してほしい」と呼び掛けている。

 気象台によると、4月1~6日に計4回だった小規模の火山性地震が、7日以降は連日10回以上発生。11日は26回、12日は午後3時までに34回と増加した。

 蔵王山が最後に噴火したのは1940年4月。2013年1月から火山活動の高まりが観測されている。

 

蔵王連峰

蔵王連峰(ざおうれんぽう)は、東北地方の中央を南北に連なる奥羽山脈において、宮城県山形県の両県南部の県境に位置する連峰である。主峰は山形県側に位置する熊野岳(1,841m)。

玄武岩安山岩成層火山群の活火山であり、常時観測対象の47火山に含まれる。火口湖の御釜や噴気口が見られ(いずれも宮城県側)、火山の恩恵である温泉が両県の裾野に数多く存在し、スキー場も多く設置されている。両県における主要観光地の1つ。

名称
古くからの名は刈田嶺(かったみね、かったね、かりだのみね)、不忘山(わすれずのやま)という。


 名称の由来となった、刈田岳山頂の刈田嶺神社・奥宮(宮城県七ヶ宿町)
蔵王の名称は、白鳳8年(679年)、大和国吉野山から役小角蔵王権現を現在の不忘山(宮城県側)に奉還し、周辺の奥羽山脈修験道の修行の場としての「蔵王山」と称したことに由来する。

山形県側で蔵王の名称が広く使用され始めたのは戦後のことである。

当地では、北西から南東に連なる峰々(以下、これを「蔵王連峰」とする)と、北東から南西に連なり、山形・宮城両県の県境となっている「中央分水界」(分水嶺)の峰々が「X」字状に交差している。両者は熊野岳蔵王連峰の主峰)と刈田岳の間の馬の瀬の稜線付近で交差している。なお、両者をまとめて蔵王連峰と呼ぶ場合も多々ある。

このように蔵王連峰は、中央分水界(県境)をまたいで山形・宮城両県に張り出した形になっているため、各々の県内部分を「山形蔵王」「宮城蔵王」と呼ぶことがある。また、「山形蔵王」では、山形市内の蔵王北西麓を「西蔵王」と称する慣例があり、「宮城蔵王」では蔵王町を境に、その北に接する川崎町内の蔵王北東麓を「北蔵王」、その南に接する白石市内の蔵王南東麓から七ヶ宿町内の蔵王南麓にかけての地域を「南蔵王」と称する慣例がある。

単に蔵王と称される場合、蔵王連峰を指すほか、中央分水界の峰々と蔵王連峰の総称、あるいは、北を山形自動車道、東を東北自動車道、南を国道113号、西を国道13号で囲まれた地域にある峰々や高原などの総称としても用いられる。以下、蔵王連峰と中央分水界の峰々の総称を「蔵王」とする

国土地理院の地図や『日本百名山』(1964年(昭和39年)、深田久弥)においては蔵王山と記載されたが、蔵王山高野山と同様、修行の場として山々の総称であり、蔵王山という名称のピークは存在しない。

主な山
中央分水界
中央分水界上で「蔵王」の一部とされる場合があるのは、北の笹谷峠から南の二井宿峠(または金山峠)までの峰々。北東から記載。馬の背は「蔵王連峰」と交差する稜線。

北端:笹谷峠(山形自動車道・国道286号) 雁戸山(1,485m)
名号峰(1,491m)
馬の背
船引山(1,173m)
二ツ森山(1,269m)
番城山(1,323m)
蓬沢山(975m)

南端:二井宿峠(国道113号)

蔵王連峰
蔵王連峰上の峰々を北西から記載。「中央分水界」と交差する稜線である馬の背より北西側が「山形蔵王」、南東側が「宮城蔵王」と呼ばれる。
西端:国道13号 瀧山(1,362m)
鳥兜山
横倉山
三宝荒神山(1,703m)
地蔵山(1,736m)
熊野岳(1,841m)
馬の背
五色岳(1,672m)
刈田岳(1,758m)
杉ヶ峰(1,745m)
屏風岳(1,825m) - 宮城県最高峰
不忘山(1,705m)
大梁川山(720m)
花房山(819m)
青麻山(779m)

東端:東北自動車道

噴火活動

 歴史

約100万年から70万年前には海底火山であったと考えられ、玄武岩質マグマの活動が水中で起こった。その後の30万年間ほどは休止期だった。

約40万年から10万年前には安山岩質の溶岩流を伴う活動に変化し、現在の山容の骨格となる山体の上部を成す熊野岳、刈田岳などを形成した。約7万年前には30億m3の大規模な山体崩壊を起こし酢川泥流を生じた。

約3万年前に山頂部に直径2km程度のカルデラを形成し、同時に爆発的な活動を伴った様式に変わり現在まで続いている。五色岳は約3万年前以降の活動で生じたカルデラの中に生じた後カルデラ火砕丘で、火口湖の御釜は約2000年前から活動を続けている。被害を伴う噴火は御釜の内外で発生し火山泥流を発生することが多い。

約3万年前に始まり現在まで継続する活動期は、約2万年前まで、約8000年から3000年前、約2000年前以降に3分される。約8000年から3000年前には休止期を挟みながら107mm3程度の噴出量のマグマ噴火が断続した。約2000年前以降の噴火は、規模は106~107 mm3程度と以前の活動期よりも規模がやや小さいが、頻度は以前より多い。

有史以降の年表
当該火山の歴史文献に残る最も古い噴火記録は、吾妻鑑に記されている1230年の噴火である。14世紀から17世紀にかけての記録は無いが、活動が全くなかったとは考えにくいとする研究者もいる。以下に主な活動を示す。

773年(宝亀4年) 噴火 噴火場所は刈田岳?
8~13世紀のいずれか 中規模:水蒸気噴火?→マグマ噴火 火砕物降下。噴火場所は五色岳。複数回噴火。
1183年(寿永2年) 噴火 噴火場所は五色岳(御釜)。
1227年(安貞元年) 噴火 火砕物降下。
1230年(寛喜2年) 噴火 火砕物降下。噴石により人畜に被害多数。
1331-1333年(元弘元-元弘3年) 噴煙? 詳細不明。
1350年頃(観応年間) 噴煙? 詳細不明。
1620年(元和6年)、1622年(元和8年)、1623-24年(元和9年~寛永元年) 噴火、火砕物降下。鳴動、噴石、降灰。
1630年(寛永7年)、1641年(寛永18年)、1668年(寛文8年)、1669年(寛文9年)、1670年(寛文10年)に噴火。
1694年(元禄7年) 5月29日 中規模:水蒸気噴火?噴火場所は五色岳(御釜)?神社焼失。8月30日地震、河川毒水化、川魚死ぬ。火山泥流。1625-1694年の活動で御釜が形成された。
1794年(寛政6年) 水蒸気噴火。火砕物降下。噴火場所は五色岳(御釜南東に9つの火口生成)。
1796年(寛政8年)、1804年(文化元年)、1806年(文化3年)、1809年(文化6年)、1821年(文政3年)、1822年(文政4年)、1830年(天保元年)、1831年(天保2年)、1833年(天保4年)に噴火。1809,1831-1833 は火山泥流を生じた。
1867年(慶応3年) 水蒸気噴火?。噴火場所は五色岳(御釜)?鳴動、御釜沸騰、硫黄混じりの泥水が増水し、洪水を起こし死者3名。
1873年(明治6年) 1894年(明治27年)に噴火。
1894年-1895年(明治28年) 小規模:水蒸気噴火。火山泥流、火砕物降下 噴火場所は五色岳(御釜)。2月15日に爆発し、鳴動、白煙。御釜沸騰し、川魚被害。2月19日、3月22日、8月22日、9月27~28日にも噴火。
1896年(明治29年) 3月8日、噴煙。8月、御釜にて水蒸気上昇。9月1日、御釜の水氾濫。
1897年(明治30年) 1月14日 噴煙、鳴動。
1918年(大正7年) 御釜沸騰。
1940年(昭和15年) 4月16日 小規模:水蒸気噴火。火砕物降下。噴火場所は御釜北東鳥地獄。新噴気孔生成。

以降は、顕著な火砕物降下を伴う活動はなくなり噴気、鳴動群発地震火山性微動低周波地震、が断続的に続いている。

防災対策
24時間常時観測対象火山であるため、気象庁により坊平に地震計、空震計、傾斜計、GNSS観測機器を上山金谷と遠刈田温泉に望遠カメラが設置されている。また、宮城県山形県により、噴火と御釜からの火山泥流、降灰後の土石流などの発生を想定し防災ハザードマップが作成されている。

2007年(平成19年)には、「蔵王火山」として日本の地質百選に選定された。


歴史
約100万年から70万年前には海底火山であったと考えられ、玄武岩質マグマの活動が水中で起こった。その後の30万年間ほどは休止期だった。

約40万年から10万年前には安山岩質の溶岩流を伴う活動に変化し、現在の山容の骨格となる山体の上部を成す熊野岳、刈田岳などを形成した。約7万年前には30億m3の大規模な山体崩壊を起こし酢川泥流を生じた。

約3万年前に山頂部に直径2km程度のカルデラを形成し、同時に爆発的な活動を伴った様式に変わり現在まで続いている。五色岳は約3万年前以降の活動で生じたカルデラの中に生じた後カルデラ火砕丘で、火口湖の御釜は約2000年前から活動を続けている。被害を伴う噴火は御釜の内外で発生し火山泥流を発生することが多い。

約3万年前に始まり現在まで継続する活動期は、約2万年前まで、約8000年から3000年前、約2000年前以降に3分される。約8000年から3000年前には休止期を挟みながら107mm3程度の噴出量のマグマ噴火が断続した。約2000年前以降の噴火は、規模は106~107 mm3程度と以前の活動期よりも規模がやや小さいが、頻度は以前より多い。

 

観光

御釜
樹氷
蔵王温泉スキー場(山形県
三階の滝の紅葉(宮城県

南東北(仙台経済圏)の山岳観光地としては、近接する福島県裏磐梯と観光コンテンツがやや似通っており、場合によっては競合関係にある。裏磐梯が東京資本などの域外からの投資が多いため、首都圏からの集客にも力を入れているのに対し、蔵王は地元資本が中心であるため、首都圏での営業力がやや弱い。

南東北主要都市圏の内、仙台都市圏は夏季にあまり暑くならないため避暑の需要は少ないが、他の山形都市圏・福島都市圏・郡山都市圏などはフェーン現象で高温となるため、避暑需要がある。避暑地としては、バブル景気期に高級化したホテルやペンションまたは別荘地が多く、また、湖や温泉がある裏磐梯の人気が強く、宿泊もする者も多いため客単価が高い。一方、蔵王は仙台から近いため、日帰り客を中心としており、夏季の客単価増が課題となっている。

秋季は、蔵王温泉蔵王エコーライン沿い、三階の滝、長老湖などで紅葉が楽しめる。しかし、紅葉ポイントが分散し公共交通アクセスに難があるうえ、宮城県側では鳴子峡が最も有名な紅葉スポットであるため、蔵王では、新蕎麦などの秋の味覚との組合せで集客を図っている。

冬季は、巨大なスキー場群と温泉がセットになっている山形蔵王が人気であるが、仙台との交通の便が良くなったため、宿泊客より日帰り客の比重が高くなり、客単価が下がっている。日帰りでは仙台からは宮城蔵王の方が近いため、ナイタースキーでは宮城蔵王の方が競争力がある。

また、宮城県側では、山形に比べて1つ1つのスキー場が小さいため、スノーボードに特化した経営やファミリー層向けのそり用ゲレンデを設定するなど焦点を絞った小回りの利く経営がなされている一方、山形蔵王はその巨大さがかえって焦点を絞りにくくし、商品力の弱さを露呈する形になっている。

しかし標高が高く約800m~1400mにゲレンデがあるため、暖冬の年でもすべてのゲレンデが滑走不可になることはまずない。2006-2007シーズンにおいても全国的な暖冬で新潟、長野周辺のスキー場が苦戦する中、蔵王は豊富な積雪に恵まれたためにツアー客が流れ、バブル経済崩壊以降減り続けていたスキーシーズンの入り込み数が久々に前年を上回った。「樹氷原コース」や「横倉の壁」を初めとした多様なコースと温泉・郷土料理などは、海外、特にスキー熱が高まりつつある韓国では受け入れられ、毎年韓国人スキーヤーが増加している。

そのため、ソウル・仁川国際空港便が毎日往復している仙台空港と山形蔵王との間に直行スキーバスを運行し、韓国での営業に力を入れている。今後は、従来からの地元・仙台・首都圏に加え、仙台空港の定期路線がある韓国および台湾、そして、北海道で集客が見られるオーストラリアやタイ王国もターゲットに入れた営業が進められる。

夏季はトレッキングが盛んで、山頂の火口湖である御釜(五色沼)や地蔵岳を巡るコースや、ドッコ沼、いろは沼などを巡る、高山植物を見る事ができる散策コースなど、散策路が充実している。冬期には、世界的にも珍しい樹氷ができ、ライトアップされた樹氷を見る事ができる。これらの様々な火山地形、植生は、蔵王国定公園に指定され、保護されている。

スキーゲレンデが密集する巨大なスノーリゾートとなっており、一般的にスキーや樹氷見物で有名な「蔵王」とは山形側の蔵王温泉スキー場のことである。国際的なスキー(ジャンプ)大会が開かれる。蔵王樹氷祭りなど、スキーゲレンデを利用したイベントが行われる。

冬季、みやぎ蔵王側においては、雪上車による観光ツアーを行っており、こちらでも樹氷見物が一般客でも見学できる。

温泉地としての側面もあり、古くは高湯と呼ばれた山形の蔵王温泉は、強酸性の泉質が特徴である。伝説によると、東征した日本武尊に従った吉備多賀由によって発見され、多賀由温泉から転じて高湯と呼ばれるようになった。
宮城県側には、峩々温泉・青根温泉・遠刈田温泉等がある。

交通
ロープウェイは、蔵王の山麓から、山頂までを結ぶものである。蔵王温泉までの交通は、バス、自動車などを利用することになる。この他に、スキーゲレンデには多数のリフトが設置されている。

山形県
バス 蔵王温泉バスターミナル
山形市内中心部を結ぶ路線バスが発着するほか、夏季は刈田岳山頂を結ぶ路線バスが、冬季は仙台駅を結ぶ臨時高速バスが発着する。


宮城県
索道 えぼし高原ゴンドラリフト 山麓駅、山頂駅

 

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