読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

風に吹かれて旅するブログ

日々のニュースや出来事・暦・記念日・季節祭事・時事・情報・雑感等を風に吹かれながらまったりとお知らせしています。

スポンサーリンク

4月21日は民放の日ですが我らがスーちゃん「田中 好子」さんの命日です。合掌~

4月21日は民放の日ですが我らがスーちゃん田中 好子さんの命日です。

○民放の日

日本民間放送連盟(民放連)が1968年に「放送広告の日」として制定。1993年に「民放の日」に改称した。

1951年のこの日、日本で初めて民放16社に放送の予備免許が与えられ、翌1952年のこの日に民放連が発足した。
関連サイト •日本民間放送連盟 http://www.nab.or.jp
関連記念日 •民放週間 <4月21日~4月27日>


「民放の日」は、ラジオ16社に民放初の予備免許が与えられた1951年4月21日を記念したものです。同年9月1日に名古屋の中部日本放送(現・CBCラジオ)と大阪の新日本放送(現・毎日放送)が本放送を開始したのを皮切りに、全国で次々と民放ラジオが開局しました。

かつて「電波は政府専掌」であり、社団法人日本放送協会が独占的に放送を行っていました。第2次世界大戦後、電波の民間開放が進められ、1950年に電波法、放送法、電波監理委員会設置法のいわゆる電波三法が施行されました。同年、NHKは国の出資を受けず受信料制度によって放送を行う特殊法人として新発足しました。51年の民放開局以降、全国に向け公共放送を行う日本放送協会(NHK)と、広告活動などの営利活動によって事業を図る民間放送の併存体制がスタートしました。


1951年、日本初の予備免許を受けたラジオ16社が集まり、日本民間放送連盟(民放連)を創立しました。52年には社団法人となり、2012年、一般社団法人に移行しました。現在、ラジオ・テレビ・BS放送・マルチメディア放送を合わせ全国206社の会員が一丸となって、よりよい放送をめざして活動しています。

■日本で一番最初に開始された民放は1953年8月28日、日本テレビだったそうです。当初からスポーツ中継はとても人気で、放送開始の翌日、8月29日には巨人・阪神戦が中継されたそうですよ。ちなみに紅白歌合戦もこの年からスタートしています。

■放送媒体
・BS放送・CS放送
人工衛星を使って電波を送り、
日本全国向けの放送を行っています。

・中波放送、短波放送、FM放送
ラジオ放送には、
使用する周波数帯の違いにより、
中波、短波、FMの3種類があります。

・地上テレビ放送
地上に建設した電波塔を経由して、
限られたエリアに向けた放送を送っています。

・電波塔
ラジオ放送、地上テレビ放送、
マルチメディア放送は、
地上に建設した電波塔から各エリアに向けて
放送波を送っています。
アンテナでその電波を受信し、
ラジオ・テレビなどの受信機を使って
映像や音声を楽しむことができます。

 

・ケーブルテレビ
電波を用いず、
有線でケーブルテレビ会社から
放送局の番組等を届けています。

・マルチメディア放送
主に移動体端末
(例えばスマートフォンや
タブレット端末、カーナビ等)
向けの新しい放送です。
     
■4/21日の誕生花
・柳[やなぎ] Weeping Willow花言葉:わが胸の悲しみ

・牡丹[ぼたん] Tree peony花言葉:富貴

・桜 Cherryblossom花言葉:優美な女性

 

●田中 好子について

 ★田中 好子(たなか よしこ、1956年4月8日 - 2011年4月21日)は、日本で活動していたアイドル歌手でキャンディーズのメンバー・女優。

本名:小達 好子(おだて よしこ)。旧姓:田中。愛称はスーちゃん。

たなか よしこ
田中 好子

本名
小達 好子(おだて よしこ)
 旧姓:田中

生年月日1956年4月8日

没年月日 2011年4月21日(満55歳没)

出生地 東京都足立区梅田

死没地 東京都港区三田

国籍 日本

身長 155cm

血液型 A型

職業 歌手・女優

ジャンル 歌謡曲・映画・テレビドラマ・舞台

活動期間
1972年 - 1978年
1980年 - 2011年

配偶者 小達一雄

著名な家族
夏目雅子(義妹)
小達敏昭(義弟)
風間柚乃(姪)

主な作品

『黒い雨』


受賞

日本アカデミー賞

 

黒い雨 デジタルニューマスター版 [DVD]

黒い雨 デジタルニューマスター版 [DVD]

 

 

最優秀主演女優賞
 第13回 1989年 『黒い雨 (映画) 』

ブルーリボン賞

主演女優賞
1989年『黒い雨』

その他の賞

キネマ旬報賞
主演女優賞
1989年『黒い雨』
毎日映画コンクール
女優主演賞
1989年『黒い雨』
報知映画賞
主演女優賞
1989年『黒い雨』 

■ 経歴

 

●デビューまで

東京都足立区梅田生まれ。その愛らしいルックスに反して、子供の頃は男の子をいじめるような腕白振りでガキ大将的な存在だったという。小学校4年生で町内の民謡研究会に入り[注釈 1]、発表会で「ソーラン節」等を披露。後の才能の片鱗を窺わせる。足立区立第四中学校、東京成徳高等学校を経て、東京成徳短期大学卒業。

 

1969年(昭和44年)、渡辺プロダクションが経営する東京音楽学院に入学。入学後、スクールメイツのメンバーに選抜される。同期生には伊藤蘭・太田裕美らがいた。1972年10~12月、日本テレビ系のヒーロー作品『突撃! ヒューマン!!』に新聞記者・星山ルミ子役で出演。

 

実家と北野武
実家は東京都足立区梅田の田中屋釣具店で、ビートたけしの実家も同じ足立区内(島根)にあり、たけしが子供の頃に悪戯をしに行った事があるという。

 

GOLDEN☆BEST/キャンディーズ

GOLDEN☆BEST/キャンディーズ

  • アーティスト: キャンディーズ,穂口雄右,林春生,なかにし礼,喜多條忠,島武実,阿木燿子,伊藤蘭,山上路夫,安井かずみ,千家和也
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックハウス
  • 発売日: 2002/06/19
  • メディア: CD
  • 購入: 7人 クリック: 233回
  • この商品を含むブログ (77件) を見る
 

 

キャンディーズ
1972年(昭和47年)、NHKの歌番組『歌謡グランドショー』のマスコットガールのオーディションに伊藤蘭、藤村美樹とともに合格。
この3人組は「キャンディーズ」と命名され、マスコットガール兼アシスタント(椅子・マイク運び・代理音合わせ)として活動。また、この年の紅白歌合戦で、橋幸夫(曲は「子連れ狼」)のバック・コーラスや、南沙織(曲は「純潔」)のバックダンサーを務めた。

 

1973年(昭和48年)9月1日、キャンディーズとして「あなたに夢中」で歌手デビュー(コーラスパートはメゾソプラノ)。ニックネームは「スーちゃん」(好子の“好”という字が「すき」の「す」であるため)。
キャンディーズのメンバーでは最年少であった。ついでながら伊藤や藤村からは、スーさんと呼ばれていた。

 

デビュー曲の「あなたに夢中」から4曲目の「なみだの季節」までは、歌唱力を評価されてキャンディーズ初期のセンター位置のリードボーカルを担当した。その間はヒット曲に恵まれず、その後5曲目の「年下の男の子」以降殆どは、メインボーカルを伊藤に譲り、向かって右の立ち位置でコーラスを務めた。

1977年(昭和52年)以降は、歌手としてだけではなく、作詞作曲(共作を含む)も行う。作品に「LOVE ME LOVE ME」「ミッドナイト・ハイウェイ」「私の彼を紹介します」「季節の別れ」「一番星さん」「なんとなく」「午前零時の湘南道路」「PLEASE COME AGAIN」「いけない人」「土曜日の夜」がある。

 

1978年(昭和53年)4月4日、キャンディーズは解散。

 

●芸能界復帰、女優業
1980年(昭和55年)、芸能界に復帰し、ソロシングル1枚を発表。その後は後述の通り女優として活躍した。芸能界復帰の理由としては、骨肉腫で闘病生活を送っていた6歳下の実弟が田中の復帰を強く希望していたこと、また、萩本欽一の著書「欽ちゃんつんのめり」を読み感銘を受けて、萩本の家を直接訪問し、事情を聞いた萩本から「弟さんのために芸能界でもう一度一等賞を獲って、弟さんを喜ばせてやろうよ」と励まされたことなどがある(ちなみに萩本の家は偶然にも藤村美樹の家の隣であったという)。

 

萩本の協力により、1980年5月の復帰会見を経て、7月の「欽ちゃんのどこまでやるの!?」にて正式復帰を果たした。しかし、田中の芸能界復帰を誰よりも喜んでいた実弟は、田中が復帰を果たした翌年にわずか19歳でこの世を去ってしまい、田中が後述の各主演女優賞を実弟に見せることは叶わなかった。なお、1980年4月から12月まで、田中を主人公のモデルとしたアニメ『スーキャット』(東京12チャンネル)が放送された。

 

1989年(平成元年)に公開された『黒い雨』で、主役・「高丸矢須子」役を演じ、日本アカデミー賞・ブルーリボン賞・キネマ旬報賞・毎日映画コンクール・報知映画賞などで主演女優賞を受賞。日本アカデミー賞などでは作品に対しても大賞を受賞し、第42回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上演された。また、原爆症の表現のため、入浴シーンで体の変化を表現する為に敢えてヌードを披露し話題を呼んだ。この頃から演技派女優としての地位を固め始める。

 

1991年(平成3年)5月21日、以前より親交のあった夏目雅子の実兄で実業家の小達一雄と結婚。ちなみに田中は初婚だったが、小達は3度目の結婚であった(なお、夏目は1985年に急性白血病によりわずか27歳でこの世を去っている)。

 

挙式・披露宴には、両家の親族や田中のプロダクション関係者らごく内輪の人たちだけが出席した。

 

テレビでは、1983年(昭和58年)から1984年(昭和59年)の連続テレビ小説『おしん』のおしんの養女「田倉初子」役や、1994年(平成6年)の『家なき子』(日本テレビ)でヒロインの母・「相沢陽子」役、2001年(平成13年)の連続テレビ小説『ちゅらさん』では主役の母・「古波蔵勝子」役などを演じた。映画では2003年の『鏡の女たち』、2007年の『0からの風』や『親父』などで主要キャストに扮した。

 

田中には継娘にあたる真由子が居たが、自身に子供は生まれなかった。しかし、女優としては母親の役を当てられることが多く、田中の子供役として共演した経験のある俳優は男22人、女25人で合計47人にものぼる。田中の葬儀の際、夫の小達一雄は「(好子は)22男25女、合わせて47人もの子供に恵まれた。好子はそのすべての子供たちを心の底から愛していました」と言い、その名母親役ぶりを称えた。

 

・福祉活動
また女優以外にも、夫の小達一雄が夏目雅子の実兄であることより夏目雅子ひまわり基金の活動、厚生労働省の公衆衛生審議会委員、国立国際医療センター顧問、エイズ予防財団及び日本エイズストップ基金運営委員なども務めた。

 

・19年間の闘病と死
結婚翌年の1992年(平成4年)に乳がんが見付かり、幾度か再発を繰り返したが、いずれも早期発見で秘密裏に治療を受けながら芸能活動を続けていた。

これらの事実は、田中の死去直後の記者会見において、夫の小達一雄により初めて公式に明らかにされた。闘病の事実は親族のみに伝えられ、盟友である伊藤蘭と藤村美樹ですら、伝えられたのは死の約3年前で、共演者には一切明かされていなかったという。

2010年(平成22年)10月に十二指腸潰瘍を患い、その治療のため絶食をしたことで体力・免疫力が低下、乳がんが再発。2011年(平成23年)2月には、がん細胞組織が急激に増殖するラッシュ状態となり、肺や肝臓にもがんが転移した。

2011年(平成23年)4月21日午後7時4分頃、懸命の治療も甲斐なく、国際医療福祉大学三田病院にて逝去。

55歳没。長年の盟友だった伊藤蘭と藤村美樹は、田中が危篤状態になった際、「2人とも家族同然だから」という親族の計らいで病室に呼ばれ、田中が息を引き取るまで、7時間にもわたって田中の名前を呼び続けていたという。

・葬儀
通夜は4月24日、葬儀・告別式は25日に青山葬儀所でそれぞれ営まれた。棺と葬儀場の絨毯は田中のキャンディーズ時代のイメージカラーだった青で彩られた。戒名は、春芳院妙純日好大姉。

出棺の時には、キャンディーズ時代のデビュー曲「あなたに夢中」が流される中、日本キャンディーズ協会のメンバーなどが霊柩車に向けて、青いテープを投げ入れ最後の別れを告げ、遺体は品川区の桐ヶ谷斎場で荼毘に付された。

田中好子は「自分が亡くなったときに集まってくれた人に聞いてほしい」と亡くなる約3週間前の3月29日に病室で自身の肉声のメッセージを録音した。告別式の最後に夫である小達一雄が喪主あいさつの中で紹介した。

墓所は東京都府中市多磨町多磨霊園の小達家墓所。

・エピソード
中学校で3年間隣りの席だった男の子に初恋。相思相愛の関係になるも、初デートで相手が時間を間違えて現れず傷付き、失恋したという。


・家族

夫はスイート・ベイジル会長など務めた実業家・小達一雄。連子の楯真由子は継娘。義妹は夏目雅子、義弟は小達敏昭、姪は風間柚乃、作曲家の田中俊亮は甥。

・出演作品

てのひらのメモ(2010年10月23日、NHK) - 折川福実 役※遺作

映画
土佐の一本釣り(1980年) - 八千代 役
ひめゆりの塔(1982年) - 嘉浦春子 役
次郎長青春篇 つっぱり清水港(1982年) - 志乃 役
真夜中のボクサー(1983年) - 文 役
夢千代日記(1985年) - 紅(くれない) 役
おれは男だ! 完結編(1987年)
黒い雨(1989年) - 主演・高丸矢須子 役]]※カンヌ国際映画祭高等技術委員会賞受賞作品、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞
ゴジラvsビオランテ(1989年) - 大河内明日香 役
ゴジラvsモスラ(1992年) - 深沢真由美 役
お墓と離婚(1993年) - 石野厚子 役
さくら(1994年) - 佐藤千加子 役
サラリーマン専科(1995年) - 石橋ふみ子 役
サラリーマン専科 単身赴任(1996年) - 石橋ふみ子 役
友情 Friendship(1998年)
鉄道員(ぽっぽや)(1999年) - 杉浦明子 役
稚内発 学び座 ソーランの歌が聞こえる(1999年)
リング0 バースデイ(2000年) - 宮地彰子 役
鏡の女たち(2003年) - 尾上正子※カンヌ国際映画祭特別招待作品役
夢 追いかけて(2003年)
草の乱(2004年) - 高浜ミキ 役
インストール(2004年) - 野沢毬恵 役
深紅(2005年) - 斎藤佳代 役
ありがとう(2006年) - 古市千賀代 役
奇跡の海(2006年)
0からの風(2007年) - 主演・茂木圭子 役
親父(2007年) - 沼田敏子 役
スマイル 聖夜の奇跡(2007年) - 猪谷幸枝 役
田中徳三監督 少年河内音頭取り物語(2007年) - 早代 役※短編映画
明日への遺言(2008年) - 水谷愛子 役

劇場アニメ
ブレイブ ストーリー(2006年) - 三谷邦子 役

CM
兵庫県手延素麺協同組合 「揖保乃糸」※1992年から19年にわたり起用された。
田辺製薬(現・田辺三菱製薬)「ユーナス」
エバラ食品「和風焼肉のたれ さわやか」
日清製粉「パスタソース」「マカロニグラタン」
メガネの愛眼
郵政省(現・日本郵便)「かもめ~る」(キャンディーズ時代にも出演経験あり)
日立製作所「家具調こたつ 木造り」「電子コントロールカーペット」
山発産業(現・シュワルツコフヘンケル)「フェミニン スピーディーカラー」
JEWELRY ツツミ
花王「ビオレU」
LION「ソフランC」「休足時間」
サントリー「ナマ樽」「モルツ」
創建 外断熱の家、住宅「Kurumu」
衛星放送協会(飲酒運転撲滅キャンペーン)
ミツカン「おむすび山」
NTT Docomo 『Answer「たいやき」篇(家族無料)』
三幸製菓 『三幸劇場・三つの幸せ物語』
ヘキサプロセス 『医療用かつら』

舞台
屋根の上のバイオリン弾き(1986年) - チャヴァ 役

その他
欽ちゃんのどこまでやるの!?(1980年、テレビ朝日)※セミレギュラー出演
森のささやき(2009年 - 2011年、フジテレビ) - ナレーション
ワイド!スクランブル(2008年6月18日、テレビ朝日)

ソロシングル
カボシャール
二枚目酒(居酒屋パートII)(“田中好子&五木ひろし”名義)1989年10月25日発売

ソロCDアルバム
好子(2007年発売/1984年発売のアナログ・アルバムをCD復刻)