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春夏秋冬、風に吹かれて無常の世を漂い、旅する愛しき日々

日々のニュースや出来事・記念日・季節祭事・催事・時事・情報・気づき、等を風に吹かれながらまったりとお知らせしています。

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7月11日は真珠記念日 御木本幸吉夫妻が、初めて真珠の養殖に成功。 結婚(1985年)30周年は真珠婚

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7月11日は世界人口デー、職業教育の日、真珠記念日、アルカリイオン水の日、セブンイレブンの日

▲世界人口デー(World Population Day)

国連人口基金(UNFPA)が1989年に制定。国際デーの一つ。

1987年のこの日に、地球の人口が50億人をこえたことから、世界の人口問題への関心を深めてもらう為に制定された。

国連は、この日にユーゴスラビア(当時)のザグレブで生まれた男の子を50億人目と認定し、デクエヤル事務総長がかけつけて祝福した。

1999(平成11)年10月12日には60億人を突破し、毎年約7800万人のペースで増加している。


○職業教育の日

全国専修学校各種学校総連合会が制定。

1975年のこの日、学校教育法の改正により専修学校の制度が定められた。


○真珠記念日

1893年のこの日、三重県鳥羽町の御木本幸吉夫妻が、初めて真珠の養殖に成功した。

養殖場を始めてから3年目で、半円形ながら5粒の養殖真珠が収穫された。円形の真珠は1906年に完成した。

関連念日 •真珠の日 <6月1日>

○YS-11記念日

1962年のこの日、初の国産旅客機YS-11が完成した。

○アルカリイオン水の日

アルカリイオン整水器協議会が制定。

アルカリイオン水が胃腸症状の改善を謳っていることから、「0711」で「おなかにいい」と読む語呂合せ。


○セブンイレブンの日

コンビニエンスストア「セブンイレブン」を運営する株式会社セブンイレブン・ジャパンが制定。

▽革命記念日 [モンゴル]

1921年のこの日、モンゴル人民党がモンゴル人民政府を樹立し、中華民国から実質的に独立した。

この日から3日間、国主催のモンゴル民族の祭典で、モンゴル相撲・競馬・弓射の競技を行う「ナーダム」が開催される。


◆毎月[記念日協会]
おかあちゃん同盟の日
・日付は東日本大震災を忘れないとの思いから同じ11日に。
・岐阜県羽島市の「世界おかあちゃん同盟」が制定。
・おかあちゃんが幸せだと家庭も子どもたちも幸せになる。そう信じて毎月この日におかあちゃんたちが集い、語らい、学び、交流を深め、支え合うコミュニティーを作ろうと。毎月[記念日協会]

ロールちゃんの日
・日付はキャラクター「ロールちゃん」の長い両耳が数字の11に似ていることから毎月11日としたもの。
・「ロールちゃん」を製造販売する山崎製パン株式会社が制定。
・ロールケーキ「ロールちゃん」。その見た目のかわいらしさと美味しさをより多くの人に知ってもらおうと。毎月[記念日協会]

めんの日
・日付は数字の1が並ぶこの日は、細く長いめんのイメージから11月11日とともに、毎月11日も。11日は「いい」と読めることも理由のひとつ。
・全国製麺協同組合連合会がが平成11年11月11日に制定。
・めん類への関心を持ってもらう日にしようと毎月[記念日協会]

 

●歴史
1585年右大臣・羽柴秀吉が関白に就任し藤原氏に改姓。(新暦8月6日)
1801年 - フランスの天文学者ジャン=ルイ・ポンが初めて彗星を発見。以降、生涯に彗星発見者の中で最多の37個の彗星を発見する。
1893年御木本幸吉が真珠の養殖に成功。
1935年 - 静岡地震。静岡市・清水市などで死傷者9299人。
1957年升田幸三王将・九段が大山康晴名人を破り棋界初の三冠に。
1966年 - 第1回全日本サーフィン大会が千葉県鴨川市鴨川海岸で開催される。
1968年『少年ジャンプ』創刊。
1979年アメリカ合衆国初の宇宙ステーション「スカイラブ」が大気圏に再突入して消滅。
1979年東名高速日本坂トンネル内で玉突き事故発生。173台が炎上し死者7人。
1984年 - 松山事件の再審無罪判決。

●誕生花
アスフォデル Asphodel花言葉:私は君のもの
アカンサス(葉薊[はあざみ]) Acanthus花言葉:不死 精巧、美術、離れない結びめ
瑠璃玉薊[るりたまあざみ](エキノプス) Small globe thistle花言葉:鋭敏
ハイビスカス繊細な美、新しい恋、常に新しい美
カノコソウ : 真実の愛情・親切
ツルボラン : 生涯信じます
フクシア : 交友・激しい心・好みの良さ上品な趣味、恋の予感


●誕生日
1895年トーマス・ミッチェル (米:俳優『夜の来訪者』)Thomas Mitchell[1962年12月17日歿]
1918年中村竹弥[なかむら・たけや] (俳優)[1990年5月28日歿]
1920年ユル・ブリンナー (露・米:俳優)Yul Brynner[1985年10月10日歿]
1921年山内明[やまのうち・あきら] (俳優)[1993年10月29日歿]
1934年ジョルジオ・アルマーニ (伊:服飾デザイナー)
1946年伊藤君子[いとう・きみこ] (ジャズ歌手)
1946年木の実ナナ[きのみ・なな] (女優,歌手)
1949年 - 沢田雅美、女優
1962年藤井フミヤ(藤井郁弥)[ふじい・ふみや] (ミュージシャン(チェッカーズ[解散]/ヴォーカル))
1967年長澤ユキオ[ながさわ・ゆきお] (俳優)
1968年近藤サト[こんどう・さと] (アナウンサー(フジテレビ[元]))

●忌日
1225年北條政子[ほうじょう・まさこ] (源頼朝の妻「尼将軍」) <数え69歳>[1157年生]
1864年佐久間象山[さくま・ぞうざん(しょうざん)] (思想家,洋学者,兵学者) <数え54歳>京都三条木屋町で刺殺[1811年2月28日生]
1937年ジョージ・ガーシュウィン (米:作曲家,ピアニスト『ラプソディ・イン・ブルー』) <38歳>George Gershwin[1898年9月26日生]
1989年ローレンス・オリヴィエ (英:俳優,映画監督) <82歳>Laurence Kerr Olivier,Baron Olivier of Brighton[1907年5月22日生]
1996年久慈あさみ[くじ・あさみ] (女優(宝塚歌劇[元](28期)),歌手) <74歳>[1922年5月2日生]
2003年小松方正[こまつ・ほうせい] (俳優) <76歳>[1926年11月4日生]

 

■7月11日の真珠記念日について


★真珠(しんじゅ)あるいはパール(Pearl)とは貝から採れる宝石の一種である。6月の誕生石である。石言葉は「健康・富・長寿・純潔」など。

歴史
天然では産出が稀であり加工が容易で「月のしずく」「人魚の涙」とも呼ばれているほどの美しい光沢に富むため、世界各地で古くから宝石として珍重されてきた。またその希少性から薬としての効能を期待し、服用される例がしばしば見られる。日本でも解熱剤として使用され、現在も風邪薬として販売されている。

 

エジプトでは紀元前3200年頃から既に知られていたと言われるが、宝飾品としてあるいは薬として珍重されるようになったのは後の時代である。クレオパトラが酢に溶かして飲んでいたと伝えられる。世界の他の地域でも中国では紀元前2300年頃、ペルシャで紀元前7世紀頃、ローマでは紀元前3世紀頃から真珠が用いられていたという記録がある。

 

日本は古来から、真珠の産地として有名であった。日本書紀や古事記、万葉集には、すでに真珠の記述が見られる。『魏志倭人伝』にも邪馬台国の台与が曹魏に白珠(真珠)5000を送ったことが記されている。万葉集には真珠を詠み込んだ歌が56首含まれる。

当時は三重県の英虞湾や愛媛県の宇和海でアコヤガイから採取されていたが、日本以外で採れる真珠に比べ小粒だった。日本の真珠の美しさはヨーロッパまで伝えられ、コロンブスも憧れたという。

 

養殖貝による真珠生産
養殖貝による真珠生産の歴史も古く、11世紀の中国などで既に行われているが量産することは難しかった。スペイン人たちは、アメリカ大陸を侵略していた時、ベネズエラという真珠の一大産地を見つけたが、その採掘のために現地の先住民を酷使し、絶滅させた。20世紀初頭には、ヨーロッパ資本が真珠の価格をコントロールしたため、真珠はダイヤモンドより高価な宝石となった。

 

そんな最中、1893年に日本の東大三崎臨海実験所箕作佳吉の指導をうけた御木本幸吉が英虞湾神明浦で養殖アコヤガイの半円真珠の生産に成功し、1905年、英虞湾の多徳島で真円真珠の生産に成功している。

 

養殖貝による真珠生産の発明者は、日本では西川藤吉・見瀬辰平の2人があげられる。
1907年見瀬辰平が、はじめて真円真珠に関し「介類の外套膜内に真珠被着用核を挿入する針」として特許権を獲得した。

 

続けて西川藤吉が真円真珠生産に関し真珠形成法の特許を出願する。
この一部が前述の見瀬辰平の特許権に抵触するとして紛争が起こる。
調停の結果、西川籐吉の名義で登録し特許は共有とすることとなった。

 

この養殖貝による真珠生産の特許技術は日本国外ではMise-Nishikawa Methodとして知られている。


 また1916年および1917年に西川藤吉の特許が4件登録された。西川藤吉は既に物故していたため、息子の西川真吉が権利を受け継いだ。
現在の養殖貝による真珠生産の技術は西川藤吉のこれらの技術に負うところが多い(西川藤吉は御木本幸吉の次女の夫である)。

 

その後、様々な技術の改良を経て養殖貝による真珠生産は広まり、英虞湾、宇和海、長崎県対馬などで生産が行われた。

 

※真珠婚はご結婚30周年の節目の記念日。
2015年は1985年にご結婚された方が真珠婚を迎えられます。

 

★御木本 幸吉(みきもと こうきち、安政5年1月25日(1858年3月10日) - 1954年(昭和29年)9月21日)は、日本の実業家。真珠の養殖とそのブランド化などで富を成した人物である。御木本真珠店(現・ミキモト)創業者。真珠王とも呼ばれた。

生涯
誕生

志摩国鳥羽浦の大里(現在の三重県鳥羽市)で代々うどんの製造・販売を営む「阿波幸」の長男として生まれた。父は音吉、母はもと。幼名は吉松と名付けられた。

 

1878年(明治11年)には20歳で家督を相続、御木本幸吉と改名する。

同年3月東京、横浜への旅により天然真珠など志摩の特産物が中国人向けの有力な貿易商品になりうることを確信、海産物商人へと再転身した。

1881年(明治14年)、結婚。妻・うめは当時17歳。鳥羽藩士族・久米盛蔵の娘で新しい学制の小学校とその高等科をでた才女であった。


養殖実験開始
1890年(明治23年)、神明浦と相島(おじま、現在のミキモト真珠島)の2箇所で実験を開始した。


1893年(明治26年)7月11日、実験中のアコヤ貝の中に半円真珠が付着している貝を発見した。

1896年(明治29年)1月27日、半円真珠の特許(第2670号)取得で世の中に認知された第一歩となった。同年4月21日、妻・うめが32歳で死去。

量産体制

1918年(大正7年)、様々な技術的実証の実験の中から良質な真珠が大量に得られるようになった。

1927年(昭和2年)、フランスの裁判所から天然と変わらぬものとの鑑定結果の通知を受け、ようやく世界に認められる宝石となった。

生産地も次第に英虞湾を中心とする志摩地方だけでなく、全国的に広げていった。1949年(昭和24年)、真珠養殖事業による国際親善に対して中日文化賞受賞。

 

※日本真珠会館(にほんしんじゅかいかん)は兵庫県神戸市の旧居留地東町筋にあるオフィスビル。近代化産業遺産。

概要
戦前には日本の真珠取引の約8割を担っていた神戸に、日本が世界の真珠取引の中心となることを目指す拠点として、兵庫県と関西真珠協同組合が共同で設置した日本真珠会館設立委員会により、1952年(昭和27年)に建設されたオフィスビルである。

建設にあたっては日本最初の全自動ベネシャンブラインドをはじめ全自動式エレベーター(現存)、全館蛍光灯(現存)採用など、戦後復興期における最新鋭の設備が導入された。竣工後間もない1954年には昭和天皇・皇后が訪れている。

1980年に日本真珠輸出組合の所有となり、2008年6月1日に1階ロビーに真珠をテーマとする博物館「神戸パールミュージアム」が設けられ、現在に至っている。1990年代になるとモダニズム建築の秀作として高く評価されるようになり、近代化産業遺産および国の登録有形文化財に登録、DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築などにも定められている。