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春夏秋冬、風に吹かれて無常の世を漂い、旅する愛しき日々

日々のニュースや出来事・記念日・季節祭事・催事・時事・情報・気づき、等を風に吹かれながらまったりとお知らせしています。

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7月29日は福神漬の日 カレーに福神漬を添えて福を呼び込もう 29で肉が安売り?

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7月29日はアマチュア無線の日、白だしの日、福神漬けの日毎月29日は肉の日、クレープの日などの記念日

 

○アマチュア無線の日

日本アマチュア無線連盟が1973年に制定。

1952年のこの日、戦中に禁止されていたアマチュア無線が解禁され、全国の30人に無線局予備免許が交付された。


○白だしの日

1978年に初めて白醤油にだしを加えた調味料「白だし」を製造販売した愛知県安城市の七福醸造が制定。
白だし(しろだし、しらだし)とは、調味料の1つ。
白醤油や淡口醤油に昆布や鰹節椎茸などから取った出汁にみりん天日塩などを加えたもので、濃縮のめんつゆやしらつゆと同じように料理に応じて適宜希釈して使用する。主に煮物や吸い物などの和食などを作る際に用いられるが、和食以外にも洋食や中華料理にも応用することができる。白だしを用いると濃口醤油の含まれた濃縮めんつゆを用いた場合よりも素材の色を損なわずに料理を仕上げることができる。高級料亭をはじめ、プロの料理人に重宝されているが、近年は一般家庭でも利用されている。

愛知県碧南市の七福醸造が、1978年に白醤油にだし汁をいれた調味料に白だしという名をつけて発売した。2010年代現在では同社以外にも多くのメーカーから発売されているが、白醤油にだし汁をいれた調味料の発祥および開発は、白醤油をはじめて商品化した(出典 碧南市発行 碧南事典P202)愛知県碧南市ヤマシン醸造によって、1971年にしらつゆという商品名で発売されている。


同社の社名「ひち(7)ふ(2)く(9)」の語呂合せ。

○福神漬の日

漬け物メーカーの新進が制定。

福神漬の名前の由来である七福神から、七(しち)二(ふ)九(く)で「しちふく」の語呂合せ。

▽国歌の日 [ルーマニア]

1848年のこの日、後にルーマニア国歌となる革命歌『目覚めよ、ルーマニア人!』が初めて歌われた。
 
▽オラフ祭(フェロー諸島の旗 フェロー諸島) オラフ2世を記念するフェロー諸島最大の祝祭日。国会議事堂前で、首相が指揮を執る市民総出のチェーンダンスなどが行われる。
 
毎月29日

○肉の日

○クレープの日


●歴史・出来事
1836年パリの凱旋門が着工から30年目で完成。
1858年(安政5年6月19日) - 日米修好通商条約締結。
1876年三井物産会社設立。
1894年 - 日清戦争: 安城渡の戦い。ラッパ手木口小平が被弾し、死んでも口からラッパを離さなかったとして教科書にも載る。
1912年22時43分、明治天皇が崩御。皇族会議により発表では2時間遅らせ、公式には7月30日崩御とする。
1921年ヒトラーがナチス党首に就任。
1948年第14回オリンピック・ロンドン大会が開幕。日本・ドイツは招待されず。
1959年経済企画庁が初の「世界経済白書」を発表。
1981年イギリスのチャールズ皇太子とダイアナ・スペンサーが結婚。


●誕生花
サボテン(仙人掌,覇王樹) Cactus花言葉:燃える心
非沃斯[ひよす] Black henbane / Stinking nightshade花言葉:不完全
バーベナ(美女桜) Garden verbena花言葉:家族との融和


●誕生日
1841年 - アルマウェル・ハンセン、医学者(+ 1912年)
1883年ベニート・ムッソリーニ (伊:独裁者,国家ファシスト党党首)Benito Amilcare Andrea Mussolini[1945年4月28日歿]
1918年 - 鈴木光枝、女優(+ 2007年)
1905年クララ・ボウ (米:女優)Clara Bow[1965年9月27日歿]
1947年せんだみつお[せんだ・みつお] (タレント)
1954年秋吉久美子[あきよし・くみこ] (女優)
1958年三屋裕子[みつや・ゆうこ] (バレーボール[元])
1962年高木美保[たかぎ・みほ] (女優,タレント)
1962年小野リサ[おの・りさ] (ボサノヴァ歌手)


●忌日
1856年ロベルト・シューマン (独:作曲家) <46歳>Robert Alexander Schumann[1810年6月8日生]
1890年フィンセント・ファン・ゴッホ (蘭:画家『ひまわり』) <37歳>Vincent Willem van Goghピストル自殺[1853年3月30日生]
1983年デヴィッド・ニーヴン (俳優) <73歳>David Niven[1910年3月1日生]
1989年辰巳柳太郎[たつみ・りゅうたろう] (俳優) <84歳>[1905年4月20日生]


■7月29日の「福神漬の日」について

 

★福神漬(ふくじんづけ)、は、非発酵型の漬物の一種で、ダイコン、ナス、ナタマメ(鉈豆)、レンコン、キュウリ、シソの実、シイタケまたは白ゴマなどの7種の下漬けした野菜類を塩抜きして細かく刻み、醤油と砂糖やみりんで作った調味液で漬けたもの。「ふくしんづけ」と呼ぶ地方もある。


概要

語源についてはいくつか説がある。

明治時代初頭、東京・上野の漬物店「山田屋」(現在の酒悦)の店主・第15代野田清右衛門が開発し、自分の経営する茶店で売り出したところ評判となり、日本全国に広まった。

名づけ親は、これを大いに気に入った当時の流行作家「梅亭金鵞」で、7種類の野菜を使用し店が上野不忍池の弁才天近くにあった事から「福神漬」と命名されたとされ、表彰碑が存在する。また、この名称が広がる事を願った清右衛門は、商標登録をしなかった。

寛文12年(1672年)、出羽国雄勝郡八幡村(現・秋田県湯沢市)出身の了翁道覚が、上野寛永寺に勧学寮を建立した。勧学寮では寮生に食事が出され、おかずとしては、了翁が考案したといわれる漬物が出された。大根、なす、きゅうりなど野菜の切れ端の残り物をよく干して漬物にしたもので、輪王寺宮がこれを美味とし「福神漬」と命名、巷間に広まったとされる。

「ご飯のお供にこれさえあれば他におかずは要らず、食費が抑えられ金が貯まる(=家に七福神がやってきたかのような幸福感)」という解釈で、梅亭金鵞が名付けたという説もある。

 

日本でカレーライスに添えられるもっとも定番の漬物である。大正時代(1902、1903年説あり)に日本郵船の欧州航路客船で、一等船客にカレーライスを供する際に添えられたのが最初であり、それが日本中に広まったとされる。福神漬が赤くなったのは、このときにチャツネに倣ったという説がある。

カレーの本場インドでは野菜や果物を香辛料・砂糖で甘く煮たチャツネという漬物が一般的なカレーの付け合わせだった。

しかし、カレーが日本にやってきた当時、日本人にはチャツネは不評で、ヨーロッパ航路船の一等船室の食堂ではチャツネの代わりに福神漬けが添えられた。

福神漬を添えるようにしたところ大好評で、とてもハイカラな食べ物として話題になった。

このカレーに添えられた福神漬けのウワサは「福神漬けは高級」というイメージとともに、広く普及していき、日本中に広まった。


軍隊で支給された缶詰の福神漬は砂糖で甘く味つけされており、人気を得るに至った。これを故郷に持ち帰った将兵により甘口の福神漬は全国に広まることになる。

市販品では、人工着色料などを使って真っ赤な色をつけられたものが多かったが、その後開発された「自己主張し過ぎない」オレンジ色をしたカレー用製品が好評を博し、近年では色をつけない茶色の福神漬も支持を得るようになった。

 

※オマケの付録
★七福神
七福神(しちふくじん)とは、福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神である。

●七福神一覧
恵比寿
イザナミ・イザナギの間に生まれた子供を祀ったもので古くは「大漁追福」の漁業の神である。時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす神となった。唯一日本由来の神である。

大黒天
インドのヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラ神。日本古来の大国主命の習合。大黒柱と現されるように食物・財福を司る神となった。

毘沙門天
元はインドのヒンドゥー教のクベーラ神。戦いの神であったが、仏教に取り入れられてから、福徳増進の神としてしだいに民衆に信仰される。日本では毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)と呼ばれる。

弁才天(弁財天)
七福神の中の紅一点で元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神。仏教に取り入れられ、音楽・弁才・財福・知恵の徳のある天女となり選ばれた。七福神の一柱としては「弁財天」と表記されることが多い。

福禄寿
道教の宋の道士天南星、または、道教の神で南極星の化身の南極老人。寿老人と同一神とされることもある。長寿と福禄をもたらす。

寿老人
道教の神で南極星の化身の南極老人。日本の七福神の一人としては白鬚明神とされることもある。

布袋
唐の末期の明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したといわれる仏教の禅僧。その太っておおらかな風貌が好まれ、手にした袋から財を出し与えてくれる。弥勒菩薩の化身ともいわれている。

●八福神

七福神に一神を加えて八福神としているケースがある。

お多福
京都の清水寺の「清水寺八福神」、横浜市鶴見区の横浜熊野神社の「鶴見八福神」ではお多福を加えて八福神とする。お多福の起源は、鎌倉時代初期の大工の高次の妻、阿亀(おかめ)。これに女性を表わす舞の面(お多福)や、天之宇受売命のイメージが習合した神格。
寿老人(白髯明神)とセットで祭られたり、弁天の代わりに七福神に入れられることもある。

吉祥天
千葉県八千代市の「八千代八福神」、東京都八王子市の「八王子七福神」、埼玉県久喜市栗橋の「くりはし八福神」では吉祥天を加えて八福神とする。吉祥天とはインドのラクシュミー女神のことで、毘沙門天の妹または妃という。幸福・美・富などの神。弁天の代わり(または福禄寿の代わり)に七福神に入れられることもある。

達磨
横浜市瀬谷区の「瀬谷八福神」、愛知県豊橋市の「吉田七福神」では達磨を加えて八福神とする。達磨は、5世紀頃の人で南インドの王子ともペルシア人ともいわれる高僧で、中国の南朝の宋に渡り極東の禅宗の開祖となった。少林寺において坐禅9年、手足が腐って落ちたと伝わる。日本の曹洞宗や臨済宗もその門葉。

宇賀神
(男弁天)東京都文京区の「小石川七福神」(後述)では弁才天が通常の弁天像ではなく「宇賀神」となっている。宇賀神は人間の頭で首から下は蛇という神で、弁財天と習合した日本土着の神である。宇賀神を弁才天とすること自体は、他の一般的な七福神でもままあることで珍しいことではないが、小石川七福神の場合「男弁天」「女弁天」の二神となっており合わせて八福神となっている。この男弁天・女弁天は、どちらも通常の弁天像ではなく、宇賀神であり、男弁天は老人(男性)の宇賀神、女弁天は若い美女の宇賀神となっている。

追福祈願
一般におめでたい存在、縁起物とされる。
正月に枕の下に、「七福神の乗った宝船の絵」を入れておくと、良い初夢が見られると言われる。
七柱それぞれの社(やしろ)を順に回り、縁起を呼ぶお参りがあり、七福神めぐりと言う。


●歴史
インドのヒンドゥー教の神である大黒を台所の神として祀ることは最澄が比叡山で始めたことで、それが徐々に民間に広まったという。これが民間において日本の土着信仰の神である恵比寿とセットで信仰されるようになった歴史的な経緯はよくわかっていない。平安時代以降、京都の鞍馬の毘沙門信仰からはじまった毘沙門天を恵比寿・大黒に加え、三神として信仰されることが起こった(初期の恵比寿は毘沙門天を本地とすると考えられていた)。この三神セットのパターンはかなり後まで一般的であったが、平安末期〜鎌倉初期の頃、近江の竹生島の弁天信仰が盛んになると毘沙門天ではなく「恵比寿・大黒・弁才天」とするケースも増えていった。

室町時代、仏教の布袋、道教の福禄寿・寿老人なども中国から入ってきてそれぞれに知られるようになり、それらをまとめて七柱の神仏のセットができたのは室町時代末頃、近畿地方から始まったものである。この頃は銀閣寺に代表される東山文化の時代。中国の文化に影響され、大陸的な水墨画が多く描かれた。もてはやされた画題は『竹林七賢図』(竹林の七賢人)。この絵に見立てて、人々は別々に信仰されていた7つの福の神を集め、七福神とした。ただし、当初は必ずしもメンバーが一定していなかった。

江戸時代にはほぼ現在の顔ぶれに定まったものの、その後もバリエーションが生み出されることがあった。寿老人と福禄寿はともに南極老人星の化身とされることから、この二者は本来同一のものとみなし、寿老人の代わりに吉祥天・お多福・福助・稲荷神・猩猩・虚空蔵菩薩[2]が入れられることがあった。他に宇賀神・達磨・ひょっとこ・楊貴妃・鍾馗・不動明王・愛染明王・白髭明神が七福神の一人に数えられたことがあった(不動明王と愛染明王、またはお多福とひょっとこはセットで入る場合があった)。

●八仙起源説

中国では、七福神と似た八仙(八福神)と呼ばれるものがあり、全てが実在の人物(仙人)であったといわれ、各地でその姿を描いた絵が信仰の対象になっている。絵は日本の宝船に乗る七福神に似た、八仙全員が船に乗って海を渡っているという場面を描いたものが主流なので、この八仙が元になったとする説がある。
漢鍾離(カンショウリ)
張果老(チョウカロウ)
呂洞賓(リョドウヒン)
李鉄拐(リテツカイ)
韓湘子(カンショウシ)
藍采和(ランサイワ)
曹国舅(ソウコクキュウ)
何仙姑(カセンコ)唯一の女性

●全国の七福神

東北
奥州仙臺七福神

関東(東京以外)
足利七福神
鎌倉江ノ島七福神
くりはし八福神
小江戸川越七福神
瀬谷八福神
鶴見七福神
鶴見八福神
藤沢七福神
松戸七福神
八千代八福神

中部
大府七福神
信州七福神
善光寺七福神
なごや七福神
名古屋七福神
三河七福神
美濃七福神
吉田七福神

関西
淡路島七福神
伊勢七福神
大阪七福神
清水寺八福神
都七福神
夢前七福神

中国

出雲七福神

四国
阿波七福神霊場
伊予七福神
四国七ヶ所まいり・七福神霊場
徳島七福神霊場

九州
日向之国七福神霊場

海外
台湾七福神

 

※付録
7月29日に行われるイベント情報


●みたらし祭り

厄除、病気平癒、特に女性の病にご利益がある神様を祀る唐崎神社で、「みたらし祭り」が斎行されます。奉納された名前などを書いた人形や願い串を、神主が湖に流し、罪やけがれ、災厄などを祓う神事です。茅の輪くぐりや手筒花火の奉納、湯立神楽が行われます。


開催日時

 

2015年7月28日~29日
9:00~21:00 ※花火/28日20:00~  湯立神楽/両日11:00~、18:00~ 

開催場所
大津市 唐崎神社

料金
無料 

主催
日吉大社 

お問い合わせ
日吉大社 077-578-0009 

 

 

●小天橋夏祭り すいすいビーチナイトカーニバル

海水浴客で賑わう小天橋を舞台に、「夏祭り」が開催されます。高校生バンドや和太鼓などのステージイベントをはじめ、バザーやゲームが行われます。フィナーレには花火大会があり、屋台も出て賑わいます。


開催日時

 

2015年7月29日
 祭/18:00~21:00、花火打ち上げ/20:50~21:15 ※雨天中止 

開催場所
京都府京丹後市 小天橋海水浴場駐車場付近

料金
有料観覧席なし 

主催
小天橋夏祭り実行委員会 

お問い合わせ
小天橋観光協会 0772-83-0149 

 

 


●市島川裾祭

竹田川の恵みに感謝し安全を祈願する「市島川裾祭」が、毎年7月29日に由良川の支流で開催されます。ナイアガラの滝や打ち上げ花火が、レーザーショーとのコラボで壮大なスケールで行われます。川面には色とりどりの灯篭が映え、たくさんの夜店が祭りに華を添えます。


開催日時

 

2015年7月29日
19:30~20:30 ※雨天の時は翌日に順延 

開催場所
兵庫県丹波市 市島駅、市島大橋周辺

料金
有料観覧席なし 

主催
市島自治会振興会 

 

アクセス
福知山線「市島駅」から徒歩3分 

備考
打ち上げ数、800発 観客数、4000人。 昨年度打ち上げ数、800発 観客数、4000人。 

 

 

●トピック展示「そう見寺の寺宝」

安土城考古博物館で、織田信長の命日である6月2日の前後の時期にあわせて、トピック展示「そう見寺の寺宝」が行われます。安土城築城にともない、織田信長によって建立されたそう見寺には、貴重な文化財が数多く伝わります。そう見寺の寺宝が特別に展示される貴重な機会となっています。※そう見寺の「そう」の文字は、機器のOS、ハードウェアにより表示できない文字のため、かな表示としています。


開催日時

 

2015年5月28日~7月29日
9:00~17:00(入館は16:30まで) ※休館日は毎週月曜(7月20日、27日は開館) 

開催場所
滋賀県近江八幡市 滋賀県立安土城考古博物館

料金
大人450円、高大生300円、小中生・県内高齢者(65歳以上)は無料 ※7月18日以降は企画展開催中のため大人500円 

主催
滋賀県立安土城考古博物館 

お問い合わせ
滋賀県立安土城考古博物館 0748-46-2424 

 


●夏休みミニ気象台2015


大阪管区気象台と大阪市立科学館の主催による夏休みイベントが開催されます。気象や地震についての実験コーナーをはじめ、雨や風、地震の揺れなどを計る機械の展示、急に降る大雨の話などが行われます。さまざまな工作コーナーもあります。


開催日時

 

2015年7月29日~30日
 【29日】11:00~16:30  【30日】9:30~15:00 

開催場所
大阪市 大阪市立科学館 研修室

料金
参加無料 

主催
大阪管区気象台、大阪市立科学館 

お問い合わせ
大阪市立科学館 06-6444-5656 

 

 


●祇園祭

日本三大祭りに数えられる、豪華絢爛な八坂神社の祭礼です。1日の「吉符入」にはじまり、31日の境内摂社「疫神社夏越祭」で幕を閉じるまで、1か月にわたって各種の神事と行事が催されます。特に、各山鉾町で山鉾が飾られ、祇園囃子が奏でられる「宵山」や、前祭の17日に23基、後祭の24日に10基の山と鉾が京都の町を巡行する「山鉾巡行」には世界中から見物客が訪れます。2014年から、49年ぶりに後祭の山鉾巡行が復活しました。


開催日時

 

2015年7月1日~31日
 【宵山】14日~16日、21日~23日 【山鉾巡行】前祭17日、後祭24日 

開催場所
京都市 各山鉾町

料金
見物無料 

お問い合わせ
公益社団法人京都市観光協会 075-752-7070