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春夏秋冬、風に吹かれて無常の世を漂い、旅するさすらいの日々

日々のニュースや出来事・記念日・季節祭事・催事・時事・情報・気づき、等を風に吹かれながらまったりとお知らせしています。

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3月16日はミドルの日、万国赤十字加盟記念日、国立公園指定記念日、財務の日、十六団子の日、毎月16日は、エコの日、閻魔の縁日、等の日

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2016年3月16日は何の日?

3月16日はミドルの日、万国赤十字加盟記念日、国立公園指定記念日、財務の日、十六団子の日、毎月16日は、エコの日、閻魔の縁日、等の日です。

●『ミドルの日』 :株式会社マンダムが制定
「ミ(3)ド(10)ル(6)」の日。

大阪市に本社を置き、男性用化粧品のトップメーカーが制定。


マンダムCM②【チャールズ・ブロンソン】 1970 「う〜ん、マンダム」

自社製品の無香料の整髪料「ルシード」のリニューアルを記念して、日本を支えるミドル世代の男性の活き活きとした若々しい生き方を応援する日です。


●『万国赤十字加盟記念日』 :
1886(明治19)年のこの日、日本の「博愛社」が「ジュネーブ条約」に加盟し、翌年「日本赤十字社」に改称しました。

これは、1864(元治元)年に「アンリー・デュナン」が提唱した「ジュネーブ条約」により基礎がつくられた 「万国赤十字同盟」の運動を、外国で見聞してきた佐野常民らの尽力でした。

●『国立公園指定記念日』 : 
1934(昭和9)年のこの日、内務省が「瀬戸内海国立公園」・「雲仙(現、雲仙天草)国立公園」・「霧島屋久国立公園」の3ヶ所を国立公園に指定し、日本初の国立公園が誕生しました。

現在、日本には全国に28の国立公園があります。

◎関連記念日として、◎10月8日の「国立公園制定日」があります。

●『財務の日』 :株式会社財務戦略が制定。 
「ざ(3)い(1)む(6)」の日。

中小企業がもっと財務に目を向け、財務をより良くして健全に発展、繁栄を続けて欲しいとの願いから、財務コンサルティングの専門会社が制定。

日付は、「財務」の語呂合わせだけでなく、この日が「所得税確定申告期限日」の翌日で、企業が財務状態を把握して欲しいとの願いが込められています。

●『十六団子の日』 : 
この日は、「田の神」という山と里とを行き来する農事の神様が、山から種子を抱いて里に下りてくる日とされていました。東北地方の里で暮らす農村の人々は、 その神様をもてなすために16個の団子を用意します。

また、10月16日には、神が山へ帰る日として同じように団子を供えます。


☆彡毎月16日は、

●『エコの日(京都市)』 :
2005(平成17)年2月16日、二酸化炭素の排出量削減を先進国に義務附ける「京都議定書」が発効したことに因んで、京都市が毎月16日を「DO YOU KYOTO?デー」と制定し京都エコの日活動と定めた事が一般化したものです。

※ 「DO YOU KYOTO?」は、「環境にいい事をしていますか?」という意味で、世界中で使われる様になりました。

毎月16日には、市民や事業者や行政が、様々な取り組みを行い、二酸化炭素の排出や地球温暖化防止を考え、「環境にいい取組」を実践する様に呼びかけが行なわれています。 

●『閻魔(えんま)の縁日』 :
この日は、寺院では、参詣者に閻魔堂を開帳し、地獄変相図や十王図等を拝観させるところが多い様です。

1月16日は「初閻魔」と呼ばれます。

※エンマは梵語で、「手綱」、「抑制」、「禁止」などの意味があり、

「閻魔大王」は人類最初の死者と言われ、冥界の王、特に地獄の王として畏怖されています。

インド神話では、元々天界で人間の善悪を監視する神であったのが、後に死後の世界の支配する神と考えられる様になりました。

地獄に住み、十八の将官と八万の獄卒を従え、閻魔の庁において死者の生前の行いを審判して賞罰を与えるといわれます。

旧暦1月16日と7月16日を「閻魔王の斎日」といい、この日は、地獄の獄卒も仕事を休み、地獄の釜の蓋もゆるむ日といわれ、亡者達も責苦を免れ骨休みになるとされます。

昔は、奉公人の「藪入り」でもある為、多くの人々が閻魔詣でに行きました。

 

☆彡3月16日の誕生花
薄荷[はっか] Mint 花言葉:美徳 貞淑、効能

スペアミント Spearmint 花言葉:思い遣り

海棠[かいどう](垂糸海棠[すいしかいどう]) Flowering crab apple 花言葉:温和

クチナシ(梔) 花言葉:幸福者、優雅、清浄、清潔、とてもうれしい

ハナズオウ(花蘇芳) 花言葉:高貴 質素、裏切り

ナノハナ(菜の花) 花言葉:快活、財産

ガーベラ 花言葉:神秘、崇高美

レンギョウ(連翹)・Golden Bell Flower 花言葉は「かなえられた希望」です。 

 

アンリー・デュナン(Jean Henri Dunant)とは

ジャン・アンリ・デュナン(Jean Henri Dunant, 1828年5月8日 - 1910年10月30日)は、スイスの実業家である。赤十字社を創設し、1901年に第1回ノーベル平和賞を受賞した。

赤十字社の創設
スイス人の実業家アンリー・デュナンは1859年6月、フランス・サルディニア連合軍とオーストリア軍の間で行われたイタリア統一戦争の激戦地ソルフェリーノの近くを通りかかりました。

そこで見たものは、4万人の死傷者が打ち捨てられているという悲惨なありさまでした。デュナンは、すぐに町の人々や旅人達と協力して、放置されていた負傷者を教会に収容するなど懸命の救護を行いました。

「傷ついた兵士はもはや兵士ではない、人間である。人間同士としてその尊い生命は救われなければならない」との信念のもとに救護活動にあたりました。

ジュネーブに戻ったデュナンは、自ら戦争犠牲者の悲惨な状況を語り伝えるとともに、1862年11月『ソルフェリーノの思い出』という本を出版しました。この中で、以下の必要性を訴えました。

(1)戦場の負傷者と病人は敵味方の差別なく救護すること

(2)そのための救護団体を平時から各国に組織すること

(3)この目的のために国際的な条約を締結しておくこと

この訴えは、ヨーロッパ各国に大きな反響を呼び、1863年2月赤十字国際委員会の前身である5人委員会が発足、5人委員会の呼びかけに応じてヨーロッパ16カ国が参加して最初の国際会議が開かれ、赤十字規約ができました。

この規約により各国に戦時救護団体が組織され平時から相互に連絡を保つ基礎ができ、デュナンの提案の一つが実現しました。そして翌1864年には、ヨーロッパ16カ国の外交会議で最初のジュネーブ条約(いわゆる赤十字条約)が調印され、ここに国際赤十字組織が正式に誕生したのです。

赤十字のマークは、彼の母国であるスイスの国旗の配色を逆にしたものとされている。

 

ジュネーヴ条約(ジュネーヴじょうやく、仏: Conventions de Genève, 独: Genfer Konventionen, 英: Geneva Conventions)とは、戦時国際法としての傷病者及び捕虜の待遇改善のための国際条約である。戦地軍隊における傷病者の状態の改善に関する条約、または赤十字条約とも呼ぶ。

概要
1864年に赤十字国際委員会 (ICRC) が「戦争時の捕虜に対する扱いを人道的にする必要がある」として提唱し、スイスのジュネーヴで「傷病者の状態改善に関する第1回赤十字条約」(1864年8月22日のジュネーヴ条約)が締結された。その後ジュネーヴで締結された以下の諸条約も含めて「ジュネーヴ条約」と呼ぶ。
1.「傷病者の状態改善に関する第1回赤十字条約」(1864年)
2.「傷病者の状態改善に関する第2回赤十字条約」(1906年)
3.「傷病者の状態改善に関する第3回赤十字条約」(1929年)
4.「俘虜の待遇に関する条約」(1929年)

広義では、同じくジュネーヴで締結された戦争犠牲者保護のための1949年の戦争犠牲者保護諸条約を含めて「ジュネーヴ諸条約」ともいう。

 

★チャールズ・ブロンソン  

チャールズ・ブロンソン(Charles Bronson, 1921年11月3日 - 2003年8月30日)は、アメリカの俳優。


本名Charles Dennis Buchinsky

別名義Charles Buchinski

生年月日 1921年11月3日

没年月日 2003年8月30日(満81歳没)

出生地
アメリカ合衆国の旗 ペンシルベニア州

国籍 アメリカ合衆国

職業 俳優

ジャンル 映画、テレビドラマ

配偶者
ハリエット・テンドラー (1949年 - 1967年)
ジル・アイアランド (1968年 - 1990年)
キム・ウィークス (1998年 - 2003年)

主な作品

『荒野の七人』The Magnificent Seven
『大脱走』The Great Escape
『ウエスタン』C'era una volta il West
『狼よさらば』Death Wish
『レッド・サン』Soliel Rouge

●プロフィール

スター
1958年の『機関銃(マシンガン)ケリー』で主役に抜擢された。さらに『荒野の七人』(1960年)や、 『大脱走』(1963年)などのヒット作に出演し、共に男臭い風貌と巧みな演技が人気を呼んで俳優としての地位を確立。その後の『さらば友よ』や『雨の訪問者』、『レッド・サン』などへの出演で押しも押されもせぬ国際映画スターの仲間入りを果たした。

その後も独特の個性と演技力を活かして、アクション作品を中心に数多くの作品で主役や脇役を演じ活躍し高い評価を得た他、日本をはじめとする世界各国で複数のテレビCMにも出演し、高い人気を得た。

プライベート
私生活では、1949年、女優ハリエット・テンドラーと結婚したが、1967年に離婚。翌1968年、ジル・アイアランドと再婚して多数の作品で共演。1990年にジルが乳癌で亡くなりブロンソンも俳優業からの引退を宣言したが、後に復帰し、以降はテレビドラマを中心に活動した。1998年にFamily of Copsシリーズで共演したキム・ウィークスと再婚。

死去
後年、アルツハイマー病を発症。病との闘いの末、2003年8月30日に肺炎で死去。81歳没。なお、死後の2004年に公開された『キル・ビル2』のエンドクレジットにはブロンソンを尊敬するクエンティン・タランティーノ監督により「R.I.P. Charles Bronson(チャールズ・ブロンソン。安らかに眠ってください)」との言葉が挿入されている。

日本でのブロンソン
マンダム
日本では、1970年に男性用化粧品メーカー「丹頂」の化粧品「マンダム」のテレビCM(大林宣彦演出)に出演し、一世を風靡した。撮影費は2000万円、ブロンソンへのギャラは3万ドル(約1000万円)であった。

撮影は、アリゾナ州の砂丘とユタ州のモニュメント・バレー、ならびに、ハリウッドのスタジオで行われた。ブロンソンは、「私の初主演映画だ」といい出演を快諾。
泥水をかぶる場面も「これがアリゾナの水さ」と嘯いたという。CM中、ブロンソンは、モニュメント・バレー周辺の荒野を馬(白馬)に騎乗して駆け、カウボーイハットで河川の水を汲み頭から浴びる。
そして顎を撫でながら一言「う〜ん、マンダム」。このセリフは日本中で大流行し、化粧品に縁のない幼い子供まで真似をするほどであった。当時ヒットしたCMソングは「男の世界」(歌:ジェリー・ウォレス)。マンダムの商品知名度は発売直後に98%に達した。

丹頂は、1933年に整髪料「丹頂チック」を発売した男性用化粧品業界の老舗・大手であったが、1960年代にはライオンや資生堂の攻勢を受け、経営は危機に瀕していた。しかし「マンダム」の爆発的ヒットによって年商は2年で倍増し、危機を脱した。

1971年に、丹頂は社名を「マンダム」に変更している。また、このCMは海外映画スターのCM起用の先駆けともなった。ブロンソンは、1980年まで「マンダム」シリーズのCMに出演した。拳銃捌きを披露するCMでは、ブロンソンは上手く撃てなくて、西部劇ファンで拳銃捌きの上手い大林宣彦がブロンソンに教えてファニングをやらせたという。

なお、マンダム社はブロンソンの葬儀の際に献花をしている。