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春夏秋冬、風に吹かれて無常の世を漂い、旅する愛しき日々

日々のニュースや出来事・記念日・季節祭事・催事・時事・情報・気づき、等を風に吹かれながらまったりとお知らせしています。

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10月21日はバック・トゥ・ザ・リサイクルの日、あかりの日、早稲田大学創立記念日、禅寺丸柿の日、国際反戦デー、等の日

2016年10月21日は何の日?

☆彡10月21日はバック・トゥ・ザ・リサイクルの日、あかりの日、早稲田大学創立記念日、禅寺丸柿の日、国際反戦デー、等の日です。


●『バック・トゥ・ザ・リサイクルの日』 :
循環型社会を目指してリサイクル技術の開発やリサイクルの仕組みの提案などを行う企業が制定。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、ごみを燃料にした車型のタイムマシーン「デロリアン」が到着する未来が2015年10月21日であることから、その10月21日を「ごみがごみでなくエネルギーに生まれ変わる日」としてこの名称の記念日としました。

同社は、2015(平成27)年の第1回の記念日に、古着をリサイクル技術によって糖化し、バイオエタノールに変えた燃料で映画仕様の「デロリアン」の走行イベントを日本の映画会社と共同で開催しました。

 

●『あかりの日』 :  
アメリカの発明王「トーマス・エジソン」が1879(明治12)年のこの日に、白熱電球を完成させた事に因んで、明かりのありがたみを認識する日として「日本電気協会」・「日本電球工業会」等が1981(昭和56)年に制定。

現在は、タングステン線がフィラメントの主流ですが、エジソンは京都産の竹を炭にしてフィラメントを作りました。

因みに、エジソンの「3大発明」は「電球」・「蓄音機」・「映写機」です。

●『早稲田大学創立記念日』 : 
1882(明治15)年10月21日に「大隈重信」が早稲田大学の前身である「東京専門学校」を創立した記念日です。

●『禅寺丸柿の日』 :
約800年前の鎌倉時代前期に神奈川県川崎市麻生区の王禅寺で発見された、日本最古の甘柿とされる「禅寺丸柿」を多くの人に知ってもらおうと、麻生区の「麻生(あさお)観光協会」が制定。

日付は、2012(平成22)年のこの日に、麻生区が区制30周年を迎え「禅寺丸柿サミット」が行われ、禅寺丸柿が麻生区の「区の木」として制定された事を記念しています。


●『国際反戦デー(International Antiwar Day)』 :
1966(昭和41)年のこの日、世界各地でアメリカのベトナム戦争介入に反対する集会が開かれた事から、「日本労働組合総評議会(総評)」が「ベトナム反戦統一スト」を実施し、それと同時に「全世界の反戦運動団体」にもベトナム戦争反対を呼びかけ「国際統一行動日」となりました。

ベトナム戦争終結後は世界平和実現の為の行動日となっています。 

※フランスの哲学者、小説家、劇作家「ジャン・ポール・サルトル」が「世界の労働組合」で初めての「ベトナム反戦スト」と総評を讃えました。

1968(昭和43)年には、新左翼による「新宿騒乱」を起こすまでになり、翌1969(昭和44)年にも10.21「国際反戦デー闘争」が新宿等で起こされました。

やがて左翼運動の退潮により、一般人からは忘れられた記念日となった観がありますが、反戦運動にとっては今もなお、重要な記念日となっており、この日に合わせて各種集会が開かれています。

また、この日は奇しくも1943(昭和18)年に「学徒出陣壮行会」が開かれた日でもあります。


☆彡毎年10月の21日~27日は、 
●『国連週間(United Nations Week)』 :
10月24日の「国連デー(国連の日)」の前後一週間です。

国際連合等の国際機関によって定められた週間で、毎年定められた日に、特定の事項に対して特に重点的問題解決を、国連をはじめ全世界の団体・個人に呼びかける為の週間です。

世界各地で記念行事が行われます。

☆彡毎年10月の21日~31日は、
●『婦人労働旬間』 :
雇用における男女平化等を推進させる為、1976(昭51)年に制定。

女性の職業能力の育成と活用についてのシンポジルム等が開催されます。

☆彡毎月21日は、
●『漬物の日』 :
毎年8月21日に、名古屋市郊外の「萱津(かやつ)神社」で「香の物祭」が行われている事に因み、毎月21日を漬物の日として「全日本漬物協同組合連合会」が制定。

●『ふれあい交番の日』 :
関聯記念日として、◎毎月27日の「交番の日」、◎2月2日の「交番設置記念日」があります。

※1874(明治7)年に東京警視庁が設置した「交番所」は世界初のもで、当初は建物がなく、街中の交差点等の一角に警察署から制服警官が出向いていました。

1881(明治14)年のこの日、1つの警察署の管内に7つの交番を設置することを決定し、常設の建物を建てて警官が常駐する現在の形になりました。

1888(明治21)年、全国的に警官の在住しない「派出所」と在住する「駐在所」に名称を統一しましたが、

「交番」という呼び名が定着し、この制度が国際的に注目され「交番」という呼び名が、国際的にも通用する言葉になった事から、1994(平成6)年に「交番」が正式な名称になりました。

●『お部屋カスタマイズの日』 :
全国で50万室以上の賃貸住宅を管理し、部屋の壁紙を無料で選べたり、棚の取り付け、ステッカー貼り等の出来る「お部屋カスタマイズ」を展開する簡易宿泊施設の会社が制定。

自分らしく楽しめるこの賃貸住宅の新しいスタイルを広めるのが目的です。

日付は、社名にある「21」から毎月21日として、1年を通じてアピールしていく為と、21日は2と1でお部屋とお客様の「ふれあいの日」との意味も込められています。

●『大師の縁日(真言宗の縁日)』 :
毎月21日は、真言宗の開祖「弘法大師(空海)」の月命日で縁日が催されます。

大師とは、朝廷から高僧に贈られる諡で、弘法大師は、834(承和2)年3月21日、62歳で入寂しました。

各地の大師堂は参詣者で賑い、関東では「川崎大師」が有名です。

また、関西では「京都の東寺」では、『弘法市』の名で有名ですが、境内では「弘法市」が大々的に開かれます。

弘法市には観光客も多く、楽しいフリーマーケットにもなります。

一般に神社の祭日や寺院の縁日の市は古い起源を持っていますが、「弘法市」の縁日がいつ頃始まったかについてのはっきりとした記録は残っていません。

ただ、天狗草紙絵巻の中に、東寺南大門で物を売る商人の図が見受けられたり、東寺百合文書には、1403(応永10)年、足利義満の時代に南大門に一服一銭の茶店があった事が記されています。

これによって鎌倉中期から室町時代にかけて、境内の特定の地域で商行為が行なわれていた事が判ります。

●『マリルージュの日』 :
夏木マリさんとパーカッショニストで音楽プロデューサーの斉藤ノヴ氏が代表をつとめる一般社団法人「One of Loveプロジェクト」が制定。

同プロジェクトでは音楽とバラで途上国のこどもたちの教育環境の整備と、その母親たちの雇用を支援する活動を行っています。

活動の趣旨に賛同してくれる生花店から夏木さんが品種改良から携わった「マリルージュ」という名の赤いバラを購入してもらう事で、その収益などを支援に当てていることから「マリルージュ」の認知度を高め、支援活動に活かすのが目的です。

日付は、プロジェクトで毎年GIGを開いている「世界音楽の日」の◎6月21日に因み、いつも支援を続けている姿勢から毎月21日としました。

 


●『myDIYの日』 :
全国で56万室以上の賃貸住宅を管理する不動産会社が制定。

同社が展開する部屋の壁紙を無料で選べたり、ペイントや棚の取り付けなどが自由に行えるサービス「myDIY」を通じて、自分らしく楽しめる賃貸住宅の新しいスタイルを広めるのが目的です。

日付は、社名にある「21」から毎月21日として1年を通じてアピールしています。

また、21日は2と1でお部屋とお客様の「2(ふれ)I(あい)の日」にとの意味も込められています。


☆彡10月21日の誕生花:

チトニア(メキシコヒマワリ)  花言葉は果報者

ムラサキシキブ  花言葉は愛され上手、聡明な女性

アザミ  花言葉は独立、厳格、復讐、満足、触れないで、安心

イチイ(一位)  花言葉は慰め、高尚、悲しみ、残念、悲哀

ピンクッション  花言葉は何処でも成功を

ステルンベルギア・Sternbergia 花言葉は「期待」

バンダ・Vanda 花言葉は「個性的」です。


★夏木マリ
夏木 マリ(なつき マリ、1952年5月2日 - )は、日本の女優、歌手。旧芸名及び旧姓は中島 淳子(なかじま じゅんこ)
身長163 cm

来歴
東京都豊島区生まれで、小学校3年から中学校3年まで埼玉県さいたま市大宮区(旧・大宮市)で育つ]。
1971年、19歳の時に本名の中島淳子名義で「小さな恋」にて歌手デビュー。ジャニス・ジョプリンのような曲を歌いたかったが希望は受け入れられず、清純派アイドルとしてデビューした[1]。しかしあまり注目されず、キャバレー回りの日々が続く不遇の時代を過ごす。

1973年に現在の夏木マリ名義で「絹の靴下」を発表。
妖艶な振り付けやフィンガー・アクションが盛り込まれた同曲は大ヒットした。
その後各局の歌番組に続けて出演するなど多忙な日々を過ごすが、低色素性貧血で3か月の入院を余儀なくされ、復帰した時には仕事が激減し、再びキャバレー回りの生活に逆戻りしてしまう。

ヌードダンサーが踊るレビューショー小屋での仕事中、演劇を仕事としている観客に舞台出演に誘われ、舞台の仕事を始める。
1990年に単身ニューヨークへ行き、自分も何かを発信してみたいと思うようになる。そして1993年、企画から構成、演出、出演まで全てを手がける舞台表現『印象派』を発表。以降、2009年までに80以上のステージを重ね、国内はもとよりドイツ、フランス、イギリス、ポーランドでも公演を行い、高い評価を得ている。

開発途上国の子どもたちを支援する国際NGOワールド・ビジョン・ジャパンを通して、チャイルド・スポンサーになるなど、国際貢献活動も行っている。

受賞歴
芸術選奨文部大臣新人賞(1984年)
紀伊國屋演劇個人賞(1980年)
日本アカデミー賞(2003年)優秀助演女優賞
松尾芸能賞(2006年)演劇優秀賞
万年筆ベストコーディネート賞(2007年)
日本ジュエリーベストドレッサー賞(2009年)
モンブラン国際文化賞(2010年)
ザテレビジョンドラマアカデミー賞(2012年)ザテレビジョン特別賞
ネイルクイーン2012(2012年)協会特別賞
ベストジーニスト2012(2012年)
ジャパンシガーアワード(2013年)
第42回ベストドレッサー賞(2013年)