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風に吹かれて旅するブログ

日々のニュースや出来事・暦・記念日・季節祭事・時事・情報・雑感等を風に吹かれながらまったりとお知らせしています。

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1月9日は風邪の日、とんちの日、毎年1月の第2月曜日は成人の日、毎年1月の9日~11日は十日戎、毎月9日はえのすいクラゲの日、クジラの日、パソコン検定&救急の日、等の日

2017年1月9日は何の日?


1月9日は風邪の日、とんちの日、毎年1月の第2月曜日は成人の日、毎年1月の9日~11日は十日戎、毎月9日はえのすいクラゲの日、クジラの日、パソコン検定&救急の日、等の日です。


●『風邪の日』 : 
1795(寛政7)年の旧暦のこの日に、相撲興隆の祖と云われる近代無比の第4代横綱「谷風梶之介(たにかぜかじのすけ)」が、当時流行した「流感(インフルエンザ)」にかかり、現役中にこの世を去りました。

この事から流感が「谷風」と呼ばれました。

※45歳で現役だった「谷風」は、1777(安永6)年の春場所から4年間無敗の記録を樹立し、63連勝するという無敵ぶりを誇り、230回対戦の内、負けが11回という名横綱でした。 

 

●『とんちの日(クイズの日)』 : 
とんちで有名な「いっ(1)きゅう(9)」さんの語呂合せで制定。

「一休さん」こと「一休宗純禅師」は室町時代中期の臨済宗の僧侶で、京都「大徳寺」の住持になりましたが、諸国を漫遊し禅の道を探究しました。

 

☆彡毎年1月の第2月曜日は、
●『成人の日・Coming of Age Day(祝日・休日)』 :
おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます日で、各地で新成人を祝うイベントが行われます。

ハッピーマンデー法の制定にともない、2000(平成12)年より1月第2月曜日に行われることになっています。

 

☆彡毎年1月の9日・10日・11日は、
●『十日戎(えびす)』 : 


商売繁盛で笹持って来い!十日戎


恵比寿様を祀る神社の祭礼で、「今宮戎神社(大阪)」、「西宮神社(兵庫県西宮)」、「十日恵比須神社(福岡県博多)」、「ゑびす神社(京都)」等で正月の10日を中日に行われ、地元の人には「えべっさん」と呼ばれ親しまれています。

9日の「宵戎(よいえびす)」、◎10日の「本戎」、◎11日の「残り福」までの3日間行われますが、神社によっては前々日◎8日の「宵々戎」を行るところもあります。

縁起物を沢山飾った笹や熊手が「商売繁盛、笹持ってこい!」という賑やかな掛け声とともに売られ、商売繁盛を願ってお賽銭に一万円札が乱れ飛ぶそうです。

 

☆彡毎月9日は、
●『えのすいクラゲの日』 :
神奈川県藤沢市の「新江ノ島水族館」が制定。

同館で2011(平成23)年1月より毎月9日に開催している一般参加型のプログラムでは、「えのすいトリーター(展示飼育職員)」の相模湾クラゲ調査に同行し、自然環境や生物の多様性について調査しています。

こうした活動をより多くの人に知ってもらい、関心を持ってもらう事を目的としています。

日付は、クラゲの「ク」から毎月9日としました。

 

●『クジラの日』 : 
「く(9)じら」の日。

「大日本水産会」や「日本捕鯨協会」等25団体が、京都で「国際捕鯨委員会」年次総会が開催された1993(平成5)年に制定。

 

●『パソコン検定の日』 : 
パソコンのスキルアップを一部の技能や知識習得だけでなく、コミュニケーション技能の習得という視点も取り入れて、幅広い年齢層を対象とした検定試験を行う財団法人「全日本情報学習振興協会」が制定。

日付は検定試験はその実力にふさわしい級(9)を判断するとの意味から毎月9日としました。

 

●『パソコン救急の日』 :
パソコンユーザーに毎月1回は、パソコンのセキュリティのチェックをしてもらう為、コンピュータ・ウィールス駆除防御ソフトの開発・販売をしている会社が制定。

 

☆彡毎月9日・19日・29日は、
●『クレープの日』 : 
数字の「9」が巻かれたクレープの形に似ていることから、クレープをもっと身近なおやつにしたいとの願いから、様々なケーキ、スイーツを製造販売している会社が制定。

毎月9日、19日、29日と、9の付く日を記念日とする事でより多くの人にクレープの美味しさを知ってもらう事を目的としています。

 

☆彡1月9の誕生花』:

スミレ(黄)  花言葉は慎ましい幸福、牧歌的な喜び

パンジー  花言葉は「私を思ってください」物思い

カンノンチク(観音竹)  花言葉はスマートな淑女

ハコべ(繁縷)  花言葉はランデブー、愛らしい

ヒトリシズカ(一人静) 花言葉は「静謐」 隠された美、愛にこたえて

ノースポール・Northpole Flower 花言葉は「誠実」です。


★一休宗純禅師
明徳5年1月1日(1394年2月1日) - 文明13年11月21日(1481年12月12日)

一休宗純(いっきゅうそうじゅん)は、室町時代の臨済宗大徳寺派の僧、詩人。説話のモデルとしても知られる。

6歳で京都の安国寺 の像外集鑑(ぞうがいしゅうかん)に入門・受戒し、周建と名付けられる。早くから詩才に優れ、応永13年(1406年)13歳の時に作った漢詩『長門春草』、応永15年(1408年)15歳の時に作った漢詩『春衣宿花』は洛中の評判となった。

応永17年(1410年)、17歳で謙翁宗為(けんおうそうい)の弟子となり戒名を宗純と改める。ところが、謙翁は応永21年(1414年)に死去し、この頃に一休も自殺未遂を起こしている。

応永22年(1415年)には、京都の大徳寺の高僧、華叟宗曇(かそうそうどん)の弟子となる。「洞山三頓の棒」という公案に対し、「有漏路うろぢより無漏路むろぢへ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」と答えたことから華叟より一休の道号を授かる。
なお「有漏路(うろじ)」とは迷い(煩悩)の世界、「無漏路(むろじ)」とは悟り(仏)の世界を指す。

応永27年(1420年)、ある夜にカラスの鳴き声を聞いて俄かに大悟する。華叟は印可状を与えようとするが、一休は辞退した。華叟はばか者と笑いながら送り出したという。以後は詩、狂歌、書画と風狂の生活を送った。

正長元年(1428年)、称光天皇が男子を残さず崩御し伏見宮家より後花園天皇が迎えられて即位したが、この即位には一休の推挙があったという。

文明6年(1474年)、後土御門天皇の勅命により大徳寺の住持に任ぜられた。寺には住まなかったが再興に尽力し、塔頭の真珠庵は一休を開祖として創建された。
また、戦災にあった妙勝寺を中興し草庵・酬恩庵を結び、後に「一休寺」とも呼ばれるようになった。天皇に親しく接せられ、民衆にも慕われたという。

文明13年(1481年)、酬恩庵(京都府京田辺市の薪地区)おいてマラリアにより死去。
享年88。臨終に際し「死にとうない」と述べたと伝わる。墓は酬恩庵にあり「慈揚塔」と呼ばれるが、宮内庁が御廟所として管理している陵墓である[7]ため、一般の立ち入りや参拝はできない。

一休宗純が遺した言葉
・門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし
・釈迦といふ いたづらものが世にいでて おほくの人をまよはすかな
・秋風一夜百千年(秋風のなかあなたと共にいる。それは百年にも千年の歳月にも値するものだ)
・花は桜木、人は武士、柱は桧、魚は鯛、小袖 はもみじ、花はみよしの
・女をば 法の御蔵と 云うぞ実に 釈迦も達磨も ひょいひょいと生む
・世の中は起きて箱して(糞して)寝て食って後は死ぬを待つばかりなり
・南無釈迦じゃ 娑婆じゃ地獄じゃ 苦じゃ楽じゃ どうじゃこうじゃと いうが愚かじゃ

 

★十日戎(えびす)

十日戎(えびす)は近畿以西で1月10日に行われる行事。

えびす(戎・夷・恵比須)は本来漁業神であるが、東日本などでは農業神とも考えられ、旧暦10月20日と1月20日にえびす講がある。

それに対して兵庫県西宮(にしのみや)市の戎社(西宮神社)の信仰圏では、市(いち)の日と結び付けたものか1月10日で、9日を宵(よい)戎、11日を残り戎という。

大阪市の今宮戎神社では宝恵籠(ほえかご)といって、盛装した芸妓(げいぎ)たちがあでやかな練り込みをする。

東京の酉(とり)の市(いち)と同様、ササに種々の縁起物をつるした福笹(ふくざさ)を売る。

京都建仁(けんにん)寺や福岡市の恵比須(えびす)神社にも十日戎がある。

十日戎は兵庫県西宮神社・大阪今宮戎神社・京都建仁寺などのものが有名。

今宮戎神社は兵庫県の「西宮神社」と大阪の「堀川戎神社」とあわせて3大戎と呼ばれている神社です。
商売繁盛を祈願するために毎年1月10日に十日戎(えびす)すなわち「えべっさん」が開催されます。


十日戎(えびす)とは1月10日の戎神の祭をいう。大阪市今宮戎神社の祭が名高い。この日を中心に3日間市(いち)が立ち,芸妓たちの乗った宝恵駕籠(ほえかご)がかつぎ出される。参拝者は小ザサにつるした縁起物などを買って帰る。

日時は毎年1月9日~11日。

9日が「宵戎(よいえびす)」、10日が「十日戎(とおかえびす)」、11日が「残り福(のこりふく)」と呼ばれます。

やはり本命の十日戎が一番混雑しますが、縁起物を買うのなら「値切れる」残り福の夜がお勧めです。

「えべっさん」とは「えびす様」または「恵比寿神」と呼ばれている七福神の一人です。

関西人が親しみを込めて「恵比寿神」を「えべっさん」と呼んでいます。

もともとは持ち物の釣り竿と鯛からも分かるように海の神様ですが、後に農業や商業の神様としても信仰されるようになりました。

日本の国を作ったとする、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の息子とされ、七福神の神様とされています。

 恵比寿神様はあの福々しい顔に似合わず苦労人であり、3歳まで足が立たず、それを理由に船に乗せて捨てられ(漂着先が神戸の西宮)、またあの福耳にもかかわらず耳が悪いとされています。

また、国家の保護を受けていない格の低い神とされていますが、そこが逆に判官びいきの関西にうけている理由でしょう。

ちなみに関東ではおなじ商売繁盛の祭りとしては酉の市があり、これは国家的英雄とされる日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を祭っています。

●場所
 関西中心に「恵比寿神(えびすのかみ)」を祭る神社で行われます。