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春夏秋冬、風に吹かれて無常の世を漂い、旅する愛しき日々

日々のニュースや出来事・記念日・季節祭事・催事・時事・情報・気づき、等を風に吹かれながらまったりとお知らせしています。

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1月25日は主婦休みの日、日本最低気温の日、中華まんの日、ホットケーキの日、あったか旭川まんの日、左遷の日、雷記念日、初天神、朝日新聞創刊の日、お詫びの日、等の日

2017年1月25日は何の日?


1月25日は主婦休みの日、日本最低気温の日、中華まんの日、ホットケーキの日、あったか旭川まんの日、左遷の日、雷記念日、初天神、朝日新聞創刊の日、お詫びの日、等の日です。

 

●『主婦休みの日』 : 
年中無休で家事や育児にがんばる主婦が、ほっと一息ついて自分磨きやリフレッシュする為の主婦の休日です。

読者アンケートにより、年末年始、ゴールデンウィーク、夏休み等の主婦が忙しい時期の後の◎1月25日・◎5月25日・◎9月25日の年3日を「主婦休みの日」として、女性の為の生活情報紙を発行している新聞社が中心となり2009年(平成21)に制定。

スローガンは、「日頃家事や育児に頑張る主婦がリフレッシュできる日」・「家族が元気になってニッポンも元気になる日」・「夫や子どもが家事にチャレンジする日」・「パパと子どもが一緒に行動する日」です。

 

●『日本最低気温の日』 : 
1902(明治35)年のこの日の午前2時頃、北海道旭川市で日本の最低気温の公式記録「-41.0℃」を記録しました。

原因は、上空の強い寒気の通過と放射冷却現象によるものと考えられています。

なお、非公式ですが、1978(昭和53)年2月17日に幌加内町母子里の北海道大学演習林でこれより0.2℃低い-41.2℃を記録しています。

 

●『中華まんの日』 : 
寒い日には特に中華まんがおいしい事から「日本最低気温の日」に因み、食べて暖まってもらおうと制定。 

※「中華まん」の起源は、中国の三国時代(220年頃)に、「三国志」で有名な名将「諸葛孔明」が作らせた事で知られています。

南方の蛮族を征伐するため川を渡ろうとした孔明ですが、川が氾濫して渡れませんでした。

当時は川を静める為に、人頭を水神にささげる仕来たりがありましたが、部下を犠牲に出来ないと孔明は、小麦粉を水でねって皮を作り、羊と豚の肉を包んで人頭に似せた饅頭を作りました。

それを叛乱する川に投げたところ見事に風雨が静まり、戦いに勝つ事が出来たそうです。

この饅頭が、現代の「中華まん(肉まん)」の始まりとされています。

 

●『ホットケーキの日』 :
日本最低気温の日に因み、寒い日にはホットケーキを食べて心も体も暖まってもらおうとホットケーキミックスの売り上げナンバーワンメーカーが制定。

 

●『あったか旭川まんの日』 :
この日が、北海道旭川市で「日本最低気温」の記録日である事に因み、寒い日は温かい食べ物のおいしさが引き立つと旭川のご当地グルメ「あったか旭川まん」をPRする「あったか旭川まん推進会議」が制定。

寒さは貴重な地域ブランドの一つという前向きな発想から生まれた「あったか旭川まん」は、北海道らしい具材と自由な形状で人気を集めています。

 

●『左遷(させん)の日』 : 
この日は、901(延喜元)年(旧暦1月25日)、右大臣「菅原道真」が「醍醐天皇」によって左遷され、京を出発した日です。

彼の才能を妬む左大臣「藤原時平」が、醍醐天皇に何度も「讒言(ざんげん)」した策略により、天皇も次第に「道真」を逆臣と思いこむ様になり、この年の1月20日に九州の大宰府に「太宰権帥(だざいごんのそち)」として、筑紫国への流刑を命じられたと言う悲しいお話です。

 


太宰府天満宮 曲水の宴 ~飛梅の舞~2014・3・2

※「太宰府の飛梅(とびうめ)」: 道真公は、この日都を旅立つ前に、長年住み慣れた京の自宅庭に梅が咲いているのを見て「東風(こち)吹かば匂ひ送来(おこ)せよ梅の花。主(あるじ)無しとて春を忘るな」と詠んだ事に梅が答え、京都の菅原邸から九州福岡の太宰府の庭まで飛んで行って根づいたという伝説に基く梅ノ木です。

「飛梅」は、現在も福岡県太宰府市の道真公を祭神とする「太宰府天満宮」の神木となっている白梅です。

樹齢1,000年を超え、本殿前の左近に植っており、天満宮の梅の中では一番早く咲き始めるそうです。

元は道真の配所(府の南館)跡に建立された榎社の境内にあり、太宰府天満宮が造営された際、本殿前に移植。

後に、道真公を祭神とする日本各地の神社に株分けされ、現在は各地に現存しています。 

 

●『雷記念日』 :
菅原道真(天神様)公が雷神となったという言い伝えの日です。

関連記念日として◎6月26日も「雷記念日」となっていますが、この日も菅原道真公にまつわる記念日です。

※「天神の縁日」と内容が重複しますが、道真公が大宰府で歿して間もない、930年(延長8年)、平安京の清涼殿に落雷があり、大納言「藤原清貴」が死亡しました。

直ぐに、この落雷が政治的な策略により左遷されて亡くなった道真公の祟りであるという噂が広がり「醍醐天皇」は、恐怖のあまり寝込んだとされます。

以来、道真公の名誉は回復し、やがて雷の神「天神」と結びつけて考えられる様になりました。

やがて、道真公が生前優れた学者であった事から、天神は学問の神様としても祀られる様になりました。 

 

●『初天神』 : 
毎月25日は「天神の縁日」で、下記と重複しますが、一年で最初の縁日は「初天神」と言います。

元々天神とは文字どおり天の神、「天神(あまつかみ)」の事で「天変地異」を支配する神とされ「雷電鳴動」はその神威であると考えられていす。

「天神の縁日」は、菅原道真公の命日に因む天満宮の縁日で、道真公が生まれたのが◎6月25日、太宰府に左遷されたのが◎1月25日、命日が◎2月25日であった事から、この日に「天神講(天神祭)」と称して祀り、江戸時代には「寺子屋」や「子供組」等でも行われました。

◎12月25日が、一年で最後の天神の縁日で「終い天神」と言います。

 

●『朝日新聞創刊の日』 :
1879(明治12)年のこの日、朝日新聞が大阪で創刊された記念日です。

誌面は4ページで、発刊された部数は1,000部程でした。

創始者は「村山龍平」と「上野理一」です。

 

●『お詫びの日(Giorno Della Scusa)』 :
キリスト教教会が東西に分裂してまもない1077(承暦元)年、神聖ローマ皇帝が、ローマ教会教皇に「お詫び」をし、破門の許しを乞いたとされている日です。

※ドイツ王で神聖ローマ皇帝の「ハインリヒ4世」は、イタリアの支配を目指し「ミラノ大司教」等を次々と任命しました。

ローマ教皇(法王)「グレゴリウス7世」が、皇帝の行為を激しく非難すると「ハイリンヒ」は激怒し、直ちに諸侯を集めて「グレゴリウス」教皇の廃位を決定しました。

これに対して教皇も、1076(承保3)年2月に「ハインリヒ」皇帝の廃位と破門を宣言しました。

皇帝が破門された知らせを受けた諸侯達は、次々と「ハイリンヒ」に叛旗を翻し、困ったハイリンヒは、教皇から破門を解いてもらう為、「グレゴリウス」教皇が滞在していた北イタリア「カノッサ城」を訪れました。

しかし、グレゴリウスは会おうとせず、カノッサ城外で悔恨の心を示す事を要求しました。

ハイリンヒは1月25日から3日間、雪の中、裸足に粗末な修道衣だけの姿で城の前に立ち続け、ようやく教皇の赦免を受ける事ができたという事です。

これを「カノッサの屈辱」と言います。

しかし、赦免を受けた皇帝は巻き返しを謀り、教皇との対立は再び激化して行き、この争いは以降約半世紀も続きました。≫ 

 

●『使徒聖パウロ回心の祝日』 :
「聖パウロ」は、初期のキリスト教の最大の伝道者です。

元は、熱心なユダヤ教徒でキリスト教を迫害していましたが、この日にキリストの啓示を受けて回心したとされています。

 

●『美容記念日』 :
日本で最初にパーマやマスカラメイクを始めるなど、美容業界に多大な功績を残した「メイ牛山」の1911(明治44)年1月25日の生誕日を記念してビューティサロンを運営する会社が制定。

メイ牛山は美容室の経営、後進の育成、化粧品の開発、新しい美容技術の普及をとおして、美容が平和な社会の象徴である事を唱えていたことから、健康で美しい元気な人を増やしていく切っ掛けの日との願いが込められています。

 

●『菅公学生服の日』 :
岡山県岡山市に本社を置く日本を代表する学生服メーカーが制定。

自社ブランドの学生服の優れた機能性やデザインをアピールすると共に、子供達の学業成就と健やかな成長を祈る日としています。

日付は、学問の神様である「菅原道真」にゆかりの「初天神」の日としました。

 

●『石ノ森章太郎生誕記念日』 :
「仮面ライダー」、「サイボーグ009」等の原作者で日本の漫画界に大きな功績を残し、今もなお多くの漫画家、クリエーターに影響を与え続けている漫画家「石ノ森章太郎」の1938(大正2)年1月25日の誕生日を記念して「石森プロ」が制定。

石ノ森章太郎は『石ノ森章太郎萬画大全集』で、世界一多くの萬画を描いた萬画家として「ギネスブック」にも認定されています。

 

●『一室入魂の日』 :
一室一室にまごころを込めて安心安全な管理、ホスピタリティを追求した対応を社内外に広く知ってもらう事を目的として不動産の管理会社が制定。

日付は、1と25を「一(1)室入魂(25)」と読よませた語呂合わせです。


☆彡毎年1月24日~30日は、
●『全国学校給食週間』 :
1946(昭和21)年、旧文部省が12月24日を「学校給食記念日」として制定しましたが、冬休み期間の為、1月24日に移動されました。

この日から30日までを「全国学校給食週間」とし、期間中には学校給食の普及をめざした色々な行事が行われます。

 

☆彡毎月25日は、
●『プリンの日』  : 
牛乳や加工乳、乳飲料、ヨーグルトなどの乳製品メーカーで、岡山県岡山市に本社を置く乳性食品の製造会社が制定。

この会社では、「焼きプリン」・「とろけるくちどけクリームチーズプリン」・「牛乳屋さんが作ったなめらかカスタードプリン」等プリンの人気商品を多く製造販売しています。

日付は、「プリンを食べると思わずニッコリ」という事で25が「ニッ(2)コ(5)リ」と読める語呂合せです。

 

●『天神の縁日』 : 
「菅原道真」公の命日に因んだ、天満宮の縁日です。

道真公が生まれたのが6月25日、太宰府に左遷されたのが1月25日、命日が2月25日であった事から、この日に「天神講(天神祭)」と称して祀り、江戸時代には「寺子屋」や「子供組」等でも行われました。

一年の最初の1月25日を「初天神」と言い、最後の12月25日を「終い天神」と言います。

天神は文字どおり天の神、「天神(あまつかみ)」の事で「天変地異」を支配する神とされ、「雷電鳴動」はその神威であると考えられていました。

「北野天満宮」、「太宰府天満宮」、「大阪天満宮」、「防府天満宮」、「谷保天満宮」等が有名です。

※右大臣であった「菅原道真」の才能を妬む左大臣「藤原時平」が、「醍醐天皇」に道真は逆臣であると何度も讒言(ざんげん)し、天皇もそう思い込む様になった結果、
道真公は旧暦901(延喜元)年、大宰権帥に左遷され、九州大宰府で没しました。

その後間もなく京都で雷電、天変地異がしきりに起こり、当事人々は非業の死を遂げた人の怨霊は天に響いて雷電を起こすと信じていました。

930(延長8)年、平安京の清涼殿に落ちた落雷で、大納言「藤原清貴」が死亡した為、この落雷・天変地異は、政治的な策略で左遷され亡くなった道真公の崇りであると噂になり、「醍醐天皇」は恐怖のあまり寝込んだとされます。

その噂から道真公の名誉は回復し、それ以来、天神が菅原道真の代名詞となり、やがて道真公を「火雷天神」とする信仰が起こりました。

また、道真公が生前すぐれた学者であった事から、天神はいつしか「文道の大祖」としても祀られる様になりました。

 


☆彡1月25日の誕生花』:

ツバキ(白)  花言葉は申し分のない愛らしさ、理想の愛

ストック  花言葉は愛の絆、豊かな愛、永遠の恋、見つめる未来、平和、思いやり、永遠の美しさ豊かな愛、同情、幸福、豪華、愛の結合

プリムラ・ポリアンサ 花言葉は 運命をひらく、可憐、美の秘密

ウマノアシガタ(キンポウゲ)  花言葉は子供らしさ、栄誉

ハコべ(繁縷)  花言葉はランデブー、愛らしい

ビワ(枇杷)・Japanese Medlar 花言葉は「内気」

ミミナグサ・Cerastium Caespitosum 花言葉は「純真」です。