風に吹かれて旅するブログ (話題・記念日&ハッピートーク)

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8月27日は『男はつらいよ』の日、毎月27日は仏壇の日、交番の日、ツナの日等の記念日

8月27日は『男はつらいよ』の日毎月27日は仏壇の日、交番の日、ツナの日等の記念日です。

○『男はつらいよ』の日

1969年のこの日、山田洋次監督・渥美清主演の映画『男はつらいよ』シリーズの第1作が公開された。

「フーテンの寅」が最初に登場したのはテレビドラマで、この時は最終回で寅さんは死亡した。しかし、あまりの反響の大きさのため映画で復活し、以来48作にも及ぶ世界最長の長編シリーズとなった。


▽独立記念日 [モルドバ]

1991年のこの日、モルドバがソビエト連邦から独立した。


※益軒忌

儒学者・貝原益軒の1714(正徳4)年の忌日。

 
毎月27日

○仏壇の日

○交番の日

○ツナの日


●歴史・出来事
663年白村江[はくすきのえ(はくそんこう)]の戦い。百済の遺民およびこれを支援する日本軍と、百済を滅ぼした唐・新羅軍との戦い。日本側が敗北。(新暦10月4日)
1232年(貞永元年8月10日) - 北条泰時が御成敗式目を制定。
1573年織田信長が、妹・お市の方の嫁ぎ先である浅井長政の近江・小谷城を攻撃。長政は妻と娘を逃がした後に自刃。(新暦9月23日) - 小谷城の戦い
1859年将軍後継・攘夷問題で井伊大老らと対立していた水戸藩主・徳川斉昭が永蟄居に。(新暦9月23日)
1868年京都御所で明治天皇の即位の大礼を挙行。(新暦10月12日)
1883年インドネシアのクラカタウ火山が大噴火。約3万7千人の死者を出す。
1928年「パリ不戦条約」(ケロッグ・ブリアン協定)に日本など15か国が調印。
1939年ドイツ・ハインケル社のHe178が世界初のジェット飛行に成功。
1942年台風16号が西日本に被害。死者1158人。
1945年 - 第二次世界大戦・ソ連対日参戦: 敦化事件
1954年日本短波放送(ラジオたんぱ、現 日経ラジオ社)が開局。
1957年東海村の原子力研究所の日本初の原子炉JRR-1が臨界に達する。
1969年映画『男はつらいよ』第一作が公開。
1986年1951年の梅田事件の再審で釧路地裁が無罪判決。

 

●誕生花
薇[ぜんまい] Osumunda花言葉:夢想
浜木綿[はまゆう] Crinum花言葉:どこか遠くへ
鳳仙花[ほうせんか](爪紅[つまべに,つまくれない]) Touch me not花言葉:私に触れないで

●誕生日
BC551年孔子[こうし] (思想家,教育者,儒教の祖)グレゴリオ暦09/28[BC479年4月18日歿]
1770年 - ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル、哲学者(+ 1831年)
1877年 - チャールズ・ロールズ、ロールス・ロイス共同創業者(+ 1910年)
1881年岩波茂雄[いわなみ・しげお] (出版者,岩波書店創業)1946年文化勲章[1946年4月25日歿]
1896年宮澤賢治[みやざわ・けんじ] (詩人,童話作家)戸籍上は08/01。旧暦では07/19[1933年9月21日歿]
1926年山岡久乃[やまおか・ひさの] (女優)[1999年2月15日歿]
1941年江崎勝久[えざき・かつひさ] (経営者,江崎グリコ社長)
1941年藤竜也[ふじ・たつや] (俳優)
1945年マリアンネ・ゼーゲブレヒト (独:女優)Marianne Sägebrecht
1947年田中星児[たなか・せいじ] (歌手)
1957年木村理恵[きむら・りえ] (女優)
1959年渡部絵美[わたなべ・えみ] (タレント,フィギュアスケート[元])
1965年津田寛治[つだ・かんじ] (俳優)
1984年手島優[てじま・ゆう] (タレント)
1992年 - 剛力彩芽、ファッションモデル、女優

●忌日
1714年貝原益軒[かいばら・えきけん] (儒学者『養生訓』) <数え85歳>[1630年11月14日生]
1879年ローランド・ヒル (英:郵便制度創始者) <83歳>Sir Rowland Hill[1795年12月3日生]
1949年上村松園[うえむら・しょうえん] (日本画家,上村松篁の母) <74歳>1948年文化勲章[1875年4月23日生]
1967年 - ブライアン・エプスタイン、ザ・ビートルズのマネージャー(* 1934年)
1996年小林昭二[こばやし・あきじ] (俳優,声優) <65歳>[1930年9月6日生]
2010年アントン・ヘーシンク (蘭:柔道,プロレス) <76歳>Anthonius Geesink[1934年4月6日生]
2012年 - 横森良造、アコーディオン奏者(* 1933年)


■8月27日 『男はつらいよ』の日について


1969年8月27日、山田洋次監督の映画「男はつらいよ」の第1作が公開された。

第1作 1969年8月27日 男はつらいよ マドンナ=光本幸子 ゲスト=志村喬、広川太一郎 ロケ地=京都府、奈良県

当時の入場料は450円。映画の主人公の車寅次郎、通称「フーテンの寅」は、俳優渥美清さんの当たり役となった。後には「国民的映画」とも称される長期シリーズとなり、渥美さんが亡くなる直前に撮影された95年の第48作「寅次郎 紅の花」まで続いた。

 寅さんが生まれ育った東京の下町、葛飾柴又には今でも多くのファンが訪れている。同地の「寅さん記念館」は2012年12月にリニューアルオープンし、タコ社長が経営する活版印刷工場など、映画の情景が忠実に再現されている。

☆雑感・一言
私も寅さんの様にある時不意にどこかに旅に出たくなります。寅さんはある意味では幸せだと思います。

このまま電車を乗り継いで、世間と縁を切り、風の吹くまま、気の向くままぶらり旅に出かけられたらいいだろうなと思うときがあります。

※余談

リリーこと浅丘ルリ子が最終回は寅さんを結婚させてあげてはどうでしょうかと監督に進言したが監督は寅さんは永遠に独身のほうがいいということで独身のままで終わっている。


★『男はつらいよ』(おとこはつらいよ)は、渥美清主演、山田洋次原作・監督(一部作品除く)のテレビドラマおよび映画である。テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子に故郷の葛飾柴又に戻ってきては何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。毎回旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることが多い。


概要

1968年(昭和43年) - 1969年(昭和44年)に、フジテレビが制作・放送したテレビドラマが最初である。このテレビ版はヒットしたが、最終回で寅次郎がハブを取りに行こうとして、逆にハブに噛まれ、毒が回り死んだという結末に視聴者から多数の抗議が殺到して、映画化につながった。

映画シリーズは、松竹によって1969年(昭和44年)8月27日に第1作が公開され、1995年(平成7年)までに全48作が、1997年(平成9年)に特別編1本が製作された。

山田洋次が全48作の原作・脚本を担当。第3作(監督:森崎東)、第4作(監督:小林俊一)を除く46作を監督した。第5作で山田が再び監督し、シリーズを完結させる予定であったが、あまりのヒットに続編の製作が決定した。

以降、全作品がヒットして松竹のドル箱シリーズとなり、30作を超えた時点で世界最長の映画シリーズとしてギネスブック国際版にも認定された。ただしこれは作品数においてであり、年数では『007』シリーズの方が長い。渥美の死去により、1995年(平成7年)に公開された第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』をもって幕を閉じた。

第49作および本来の最終作となるはずだった第50作は未制作となった。その後、ファンからのラブコールが多かったとのことで、『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』を再編集し、新撮影分を加えた『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』が1997年(平成9年)- 1998年(平成10年)に公開された。

 

●レギュラー出演
車寅次郎 渥美清

諏訪さくら長山藍子(ドラマ版)→倍賞千恵子

諏訪博(博士)井川比佐志(ドラマ版)→前田吟

車竜造(おいちゃん)森川信(ドラマ版、第1作 - 第8作)→松村達雄(第9作 - 第13作)→下條正巳(第14作 - 第48作)


車つね(おばちゃん)杉山とく子(ドラマ版)→三崎千恵子

諏訪満男中村はやと(第1作 - 第8作、第10作 - 第26作)沖田康浩(第9作のみ)→吉岡秀隆(第27作 - 第48作)

桂梅太郎[5](社長・タコ社長)太宰久雄

御前様笠智衆(第1作 - 第45作)

源公(源吉)佐藤蛾次郎(第8作を除く)


準レギュラー
川又登津坂匡章(現・秋野太作)(ドラマ版、第1作、第2作、第4作、第5作、第9作、第10作、第33作)寅次郎の舎弟。


坪内冬子(御前様の娘/第1作のマドンナ)光本幸子(第1作、第7作、第46作)

リリー(松岡リリー、松岡清子)浅丘ルリ子(第11作、第15作、第25作、第48作)マドンナ。

坪内散歩東野英治郎(ドラマ版、第2作)

お菊武智豊子(ドラマ版)→ミヤコ蝶々(第2作、第7作)寅次郎の母。

桂あけみ美保純(第33作 - 第39作)タコ社長の娘。

及川泉後藤久美子(第42作 - 第45作、第48作)満男の高校時代のブラスバンド部の後輩で交際相手/マドンナ。及川礼子夏木マリ(第42作 - 第45作、第48作)泉の母。三平北山雅康(第40作 - 第48作)

くるまやの店員。加代鈴木美恵(第46作 - 第48作)くるまやの店員。

 

★「男はつらいよ」の有名なセリフ

男はつらいよシリーズには、繰り返し使用されるセリフが多数ある。以下はその代表例である。

「私の故郷と申しますのは、東京葛飾の柴又でございます」

「もし何かあったら葛飾柴又のとらやに訪ねて来な。悪いようにはしないから」。

「長旅をしてきた人は優しく迎えてやらなきゃなぁ」

「物心ついてこのかた、そのことでくるしみぬいております」

「そういうむつかしいことは聞くなって言ったろ」

「それを言っちゃあお仕舞いよ」ケンカの際においちゃんが言う「出てってくれ」に対して寅次郎が返すセリフ。第1作で渥美清がとっさに放ってしまったアドリブだったが、セリフの持つ意味に感心した山田洋次がその後脚本に多用するようになった。

「相変わらず馬鹿か?」柴又に帰ってきた寅次郎が、備後屋などの顔なじみと交わすあいさつ。これも、もともとは渥美清のアドリブであった。

「労働者諸君!」寅次郎が、とらやの裏にある朝日印刷の印刷工に向かってかける言葉。マドンナに寅次郎の想いが伝わったと思い込み、寅次郎の機嫌がよい時にかけられることが多い。

「おいちゃん、店じまいにするか」旅先で出会ったマドンナがとらやに訪れ、近所の者が見物したさに集まったときに、とらやを臨時休業にすることが多い。寅次郎が客に向かって、満面の笑顔で「今日はもうおだんご売り切れなの」と言って、店を閉めるパターンもある。

「今夜はこのへんでお開きってことにするか」とらやの茶の間で妄想などを含んだ語りが終わり、自分の部屋に上がる際に言い残す言葉。

「貴様、さては(さしずめ)インテリだな?」寅次郎が言い合いで負けたときや、自分が理解できないことを言われたときによく使用する。寅の知識や才覚が、半生の中で身についたことを証明する台詞とも考えられる。

「結構毛だらけ猫灰だらけ」商売の啖呵から派生している、寅次郎の口癖。投げやりになったり、すねている際などに吐くこともある。その後にお尻の周りは糞だらけと続く場合が多い。

「見上げたもんだよ屋根屋のふんどし、たいしたもんだよ蛙の小便」これも商売の啖呵から派生している、寅次郎の口癖。相手に感心したことを茶化して言うことが多い。「たいしたもんだよ」は「田へしたもんだよ」との掛詞になっている。

「四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水、粋な姉ちゃん立ち小便」寅次郎が的屋商売でよく使う口上である。

 

★「男はつらいよ」名言・名台詞

・「ザマ見ろぃ人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよ。」第1作「男はつらいよ」

・寅「私より馬鹿がおりますか。」第2作「続・男はつらいよ」

・「上等、上等、あったかい味噌汁さえありゃ充分よ。あとはおしんこと海苔とタラコ一腹ね、辛子のきいた納豆、これにはね、生ねぎを細かく刻んでたっぷり入れてくれよ、あとは塩昆布に生卵でもそえてくれりゃ、もう何もいらねえよ、おばちゃん。」第5作「男はつらいよ 望郷篇」


・「あの、何か困ってることはございませんか。どうぞ私に言ってください。たいしたことは出来ませんが指の一本や二本、いいえ片腕や片足ぐれえでしたら何てこたあありません。どうぞ言ってください。」

「例えば、日暮れ時農家のアゼ道を一人で歩いていると考えてごらん、庭先にりんどうの花がこぼれるばかりに咲き乱れている農家の茶の間、灯りがあかあかとついて、父親と母親がいて、子供達がいて賑やかに夕飯を食べている。これが……これが本当の人間の生活というものじゃないかね、君」                     
第8作「男はつらいよ 寅次郎恋歌」


・「ほら、見な、あんな雲になりてえんだよ。」第9作「男はつらいよ 柴又慕情」


・「言ってみりゃ、リリーも俺と同じ旅人さ。見知らぬ土地を旅してる間にゃ、そりゃ人に言えねぇ苦労があるのよ。」第11作「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」

・「やっぱり真面目にね、こつこつこつこつやっていきゃ、いつか芽が出るんだから。」第13作「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」

・「この人のためだったら命なんていらない、もう、死んじゃってもいい、そう思う。それが愛ってもんじゃないかい?」第16作「男はつらいよ 葛飾立志篇」

・「人生に後悔はつきものじゃないかしらって、ああすればよかったなあという後悔と、
       もう一つはどうしてあんなことをしてしまったんだろうという後悔……」
                                    
         第17作 「寅次郎夕焼け小焼け/志乃の台詞」

・「青年、女に振られた時は、じっと耐えて、一言も口を利かず、黙って背中を見せて去るのが、男というものじゃないか。」

第21作「男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく」

・「 そりや今は悲しいだろうけどさ、月日がたてばどんどん忘れて行くものなんだよ。忘れるってことは本当にいい事だよ」。                               
         第27作浪花の恋の寅次郎」


・ 「そんな人生もあるのねぇ。明日何するかは明日になんなきゃ決まらないなんて、いいだろうなぁ」。                                    
         第31作旅と女と寅次郎/流行歌手はるみの言

・「テキヤ殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいいってね。」第33作「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」

・「どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの?そういうもんだよ。」第33作「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」

・「何と言うかな、あー生まれてきてよかった。そう思うことが何べんかあるだろう。そのために人間生きてんじゃねえか?」第39作「男はつらいよ 寅次郎物語」

・「腹なんか空かない。美しい恋をしていれば、一ヶ月ぐらい飯なんか食わなくたって平気だ。」第43作「男はつらいよ 寅次郎の休日」

・「おじさん、世の中でいちばん美しいものが恋なのに、どうして恋をする人間はこんなにぶざまなんだろう」。
                                      
         第44作寅次郎の告白/満男の語り

・「燃えるような恋をしろ。大声出してのたうち回るような、恥ずかしくて死んじゃいたいような、恋をするんだよ。」第47作「男はつらいよ 拝啓車寅次郎様」

・「格好なんて悪くったっていいから男の気持ちをちゃん伝えてほしいんだよ、女は。だいたい男と女の間っていうのは、どこかみっともないもんなんだ。後で考えてみると、顔から火が出るようなはずかしいことだってたくさんあるさ。でも愛するってことはそういうことなんだろ、きれいごとなんかじゃないんだろ」。
                                    
         第48作寅次郎紅の花/リリーの言
 

・「男が女に惚れるのに年なんかあるかい」

・「愛してんなら態度で示せよ」

・「死んでたら目を覚まさないよ」満男

・「自分を醜いと知った人間は決してもう醜くねえって」

 

※付録
・柴又の店舗で撮影されていたのは第4作までで、それ以降は松竹大船撮影所のセットである。
・第1作の観客動員数は54万3000人だったが、徐々に動員数を伸ばし人気シリーズとなった。全48作で延べ7957万3000人の観客を動員している。
・山田洋次が柴又を知ったのは、『下町の太陽』を監督する際、作家の早乙女勝元に教授してもらうために早乙女宅を訪問した際、すぐそばにあった帝釈天を案内されたのがきっかけである。それまで舞台をどこにするか決めるために様々な所を歩き回り、一時は舞台が浦安に決まりかけていたと言うが、柴又に来た時に「渥美ちゃんがふらっと出て来そうだね」と盛り上がって、舞台が柴又に決まったらしい。

・寅次郎の名は、映画監督の斎藤寅次郎にちなむ。車は非人頭が代々受け継いだ名前「車善七」から。
・映画の舞台に使用した柴又の団子屋が、実際に「とらや」に屋号を変更したため、作中の「とらや」の屋号は、第40作から「くるまや」に変わる。
・1997年11月、舞台である柴又に、葛飾区の公営記念館「葛飾柴又寅さん記念館」がオープンし、営業中である。
・昭和天皇がファンで、ビデオを全巻持っていたといわれている。

 

☆彡おまけの付録

男はつらいよの歴代マドンナ一覧表

作数公開時期タイトルマドンナ
1 1969年8月 男はつらいよ 光本幸子
2 1969年11月 続・男はつらいよ 佐藤オリエ
3 1970年1月 男はつらいよ フーテンの寅 新珠三千代
4 1970年2月 新・男はつらいよ 栗原小巻
5 1970年8月 男はつらいよ 望郷篇 長山藍子
6 1971年1月 男はつらいよ 純情篇 若尾文子
7 1971年4月 男はつらいよ 奮闘篇 榊原るみ
8 1971年12月 男はつらいよ 寅次郎恋歌 池内淳子
9 1972年8月 男はつらいよ 柴又慕情 吉永小百合
10 1972年12月 男はつらいよ 寅次郎夢枕 八千草薫
11 1973年8月 男はつらいよ 寅次郎忘れな草 浅丘ルリ子
12 1973年12月 男はつらいよ 私の寅さん 岸惠子
13 1974年8月 男はつらいよ 寅次郎恋やつれ 吉永小百合
14 1974年12月 男はつらいよ 寅次郎子守唄 十朱幸代
15 1975年8月 男はつらいよ 寅次郎相合い傘 浅丘ルリ子
16 1975年12月 男はつらいよ 葛飾立志篇 樫山文枝
17 1976年7月 男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け 太地喜和子
18 1976年12月 男はつらいよ 寅次郎純情詩集 京マチ子
19 1977年8月 男はつらいよ 寅次郎と殿様 真野響子
20 1977年12月 男はつらいよ 寅次郎頑張れ! 藤村志保
21 1978年8月 男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく 木の実ナナ
22 1978年12月 男はつらいよ 噂の寅次郎 大原麗子
23 1979年8月 男はつらいよ 翔んでる寅次郎 桃井かおり
24 1979年12月 男はつらいよ 寅次郎春の夢 香川京子
25 1980年8月 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 浅丘ルリ子
26 1980年12月 男はつらいよ 寅次郎かもめ歌 伊藤蘭
27 1981年8月 男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 松坂慶子
28 1981年12月 男はつらいよ 寅次郎紙風船 音無美紀子
29 1982年8月 男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 いしだあゆみ
30 1982年12月 男はつらいよ 花も嵐も寅次郎 田中裕子
31 1983年8月 男はつらいよ 旅と女と寅次郎 都はるみ
32 1983年12月 男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎 竹下景子
33 1984年8月 男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎 中原理恵
34 1984年12月 男はつらいよ 寅次郎真実一路 大原麗子
35 1985年8月 男はつらいよ 寅次郎恋愛塾 樋口可南子
36 1985年12月 男はつらいよ 柴又より愛をこめて 栗原小巻
37 1986年12月 男はつらいよ 幸福の青い鳥 志穂美悦子
38 1987年8月 男はつらいよ 知床慕情 竹下景子
39 1987年12月 男はつらいよ 寅次郎物語 秋吉久美子
40 1988年12月 男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日 三田佳子
41 1989年8月 男はつらいよ 寅次郎心の旅路 竹下景子
42 1989年12月 男はつらいよ ぼくの伯父さん 後藤久美子
43 1990年12月 男はつらいよ 寅次郎の休日 夏木マリ
44 1991年12月 男はつらいよ 寅次郎の告白 吉田日出子
45 1992年12月 男はつらいよ 寅次郎の青春 風吹ジュン
46 1993年12月 男はつらいよ 寅次郎の縁談 松坂慶子
47 1994年12月 男はつらいよ 拝啓車寅次郎様 かたせ梨乃
48 1995年12月 男はつらいよ 寅次郎紅の花 浅丘ルリ子
特別編 1997年12月 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇 浅丘ルリ子