風に吹かれて旅するブログ

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12月14日は討ち入りの日、赤穂義士祭、南極の日、マダムシンコの日、ひよ子の日等の日

2016年12月14日は何の日?

12月14日は討ち入りの日、赤穂義士祭、南極の日、マダムシンコの日、ひよ子の日等の日です。

 

●『討ち入りの日』 : 
今から314年前の1702(元禄15)年の旧暦のこの日(新暦1703年1月30日)、赤穂浪士47士が本所の吉良邸に討ち入り、主君の仇討ちを成し遂げた「元禄赤穂事件」の日です。

これに因んで、江戸本所松坂町にあった「吉良邸」の一部は現在「松坂公園」となり、毎年この日、『元禄市』で賑わいます。

午前中は『赤穂義士祭』、午後は『吉良祭』が行われます。

また、義士たちがねむる港区の「泉岳寺」でも、「赤穂義士祭」が行われます。

泉岳寺では赤穂義士太刀を弔うための線香の煙が絶えることはないといわれている。実際に4-5回訪れてみたがやはりいつ行っても線香はたかれていた。

※1701(元禄14)年3月、江戸城松の廊下で播磨赤穂藩主「浅野内匠頭長矩」が、幕府の礼式を司る高家筆頭「吉良上野介義央」に小刀で切り架かるという事件が起りました。

浅野には即日切腹、領地没収という厳しい処置がとられたが、吉良には一切のお咎めが無かった事が、事件の発端となりました。

家臣達は主君の仇を討つ為に綿密に計画を練り、翌年12月14日寅の上刻(現暦法の15日午前3時頃)、大石内蔵助の率いる赤穂浪士が、本所の堀部安兵衛宅に集まり、そこから吉良邸へ討ち入りました。

2時間の戦いの末、浪士側は一人の死者も出さずに吉良の首を取りました。

世論は武士の本懐を遂げた「赤穂浪士」達に味方し、幕府は翌年2月4日、一同切腹という処置をとりました。 

 

●『赤穂義士祭(兵庫県赤穂市)』 :
兵庫県南西部の赤穂市で毎年赤穂義士達が討ち入りを果たした12月14日に行われる祭りです。

1903年(明治36)年から行われており、100回を超える赤穂市最大のイベントとして盛大に行われます。


松平健、大石内蔵助役  播州赤穂 義士祭 47Rounin bushido 忠臣蔵 47人義士行列。

 

※最大の目玉である「忠臣蔵パレード」は、市内小学生による金管バンドパレードを皮切りに、東映剣会による「殺陣(たて)」、色艶やかなお姫様衣装を身にまとった赤穂義士娘による「義士娘人力道中」、当時の赤穂藩主の参勤交代を偲ばせる「大名行列」、殿中刃傷の場や討ち入りの場など「忠臣蔵」の7つの名場面をそれぞれの車上で演じる「山車(だし)」、そして意気揚々と芝高輪「泉岳寺」へと向かう四十七義士に扮した「義士行列」へと続き、沿道を埋めつくした数万人の観客を元禄絵巻さながらの世界へと誘います。

この他、義士が眠る「花岳寺」(ここには遺髪が納められているとされる。)の追慕法要、義士を祀る「大石神社」の祭典、武道やスポーツの大会の他、近隣の市町村や義士親善友好都市により行なわれる「忠臣蔵交流物産市」等が催されます。

また、12月14日の赤穂義士祭までの一週間を、「忠臣蔵ウイーク」とし、期間中は、市内各所で連日多彩なイベントが行なわれます。

 

●『南極の日』 : 
1911(明治44)年のこの日、ノルウェーの探検家「ロアール・アムンセン」と4人の隊員が人類で初めて「南極点」に到達した記念日です。

イギリス海軍大佐の「ロバート・スコット」と人類初の南極点到達を競った上の記録でした。

関連記念日として、◎1月29日の「南極の日(昭和基地開設記念日)」と、◎4月6日の「北極の日」があります。

 

●『マダムシンコの日』 :株式会社カウカウフードシステムが制定。
大阪市に本社を置く製菓製造と販売店を営む会社が、代表取締役会長の「マダム信子(本名、川村信子)」の1951(昭和26)年12月14日の誕生日にちなんで制定。

自社ブランド名の直販店はオリジナリティーあふれる発想と、深いおもてなしの心で作るひと味ちがう新感覚のスイーツで人気のお店です。

 

●『「ハグデー(허그데이)」と「マネーデー(머니데이)」(韓国)』 : 
いずれも「韓国」の記念日で前者は、「恋人同士が抱き合って寒い冬を暖かく過ごす日」で、後者は、「一年間共に過ごした恋人の為に男性がお金を使う」という日です。 ※韓国では毎月14日が恋人に関する記念日になっています。

 

☆彡毎月14日・15日は、
●『ひよ子の日』 :
「ひ(1)よ(4)こ(5)」の日。

福岡県のひよ子本舗が「ひよ子」まんじゅうのPRの為に制定。

現在では東京のお土産として有名ですが、元々は福岡県飯塚市のお菓子でした。

東京オリンピックが開催された1964(昭和39)年に首都圏に進出し、

1985(昭和60)年の東北新幹線上野駅乗り入れの時から東北への土産物として売行きが伸び始めました。

 

☆彡12月14日の『誕生花』:

バンダ(淡紫)  花言葉は身軽

サイネリア(紫)  花言葉は悩める思い出、喜び

ヒイラギナンテン  花言葉は激しい感情

マツ(松)  花言葉は不老長寿、勇敢、永遠の若さ、同情、かわいそう

ツルウメモドキ(蔓梅もどき)  花言葉は大器晩成、強運

エリカ・クリスマスパレード・Common Heath Flower 花言葉は「孤独」

コトネアスター・Cotoneaster 花言葉は「変わらぬ愛情」

マツ(松)・Pine Flower 花言葉は「不老長寿」です。


★全国の義士祭
義士祭は、北は北海道から南は熊本まで全国の忠臣蔵ゆかりの地で行われている。赤穂事件が発生した12月14日 (旧暦)に合わせて行われる事が多い。

 

北海道義士祭 - 北海道砂川市の北泉岳寺周辺で行われている。赤穂浪士の崇拝者だった住職が泉岳寺に義士墓建立と寺名の変更を2代にわたって陳情、昭和28年2月、北泉岳寺への寺名の変更が正式に認められた。
昭和31年、泉岳寺にある義士の墓の土を四十七個の木箱にわけて持ち帰り墓所を造営し開眼入魂祭を挙行したのが始まり。義士パレードをはじめ、当り矢そば、お茶席、甘酒の振る舞い、餅まきなどが行われる。

 

笠間義士祭 - 赤穂藩主・浅野家ゆかりの茨城県笠間市で行われる。笠間稲荷門前通りを行進する「義士パレード」(笠間義士会主催)は、2015年で50回目を数え、多くの観光客で賑わう。

 

泉岳寺赤穂義士祭 - 東京都港区の泉岳寺で行われる。もとは慶長17年(1612年)徳川家康が幼年に身を寄せた今川義元の菩提を弔うために開山した寺であったが、赤穂藩主浅野家の菩提寺でもあったことから、赤穂事件の後は、赤穂四十七義士の墓所として知られ、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の興行が盛んになるにつれて一層賑わいを見せるようになった。浅野長矩公墓前供養、義士追善供養祭の他、献茶式や義士行列が行われる。

 

本所松坂町公園義士祭 - 吉良邸の跡地の一角に造られた本所松坂町公園(東京都墨田区)で行われる赤穂四十七義士の供養祭。両国連合町会の主催で、昭和9年(1934年)に始まったとされる。当日は多数の出店などがあり、全国から多くの観光客で賑わいを見せる。14日の義士祭に合わせた週末の土日には、吉良祭・元禄市も行われる。

 

新発田義士祭 - 新潟県新発田市にある、堀部武庸の生家で中山家の菩提寺である長徳寺 (新発田市)を中心に行われる。安兵衛を偲んでの法要・剣武・居合・詩吟等が行われる他、赤穂義士に扮した少年少女剣士による市中パレードがある。

 

山科義士まつり - 昭和49年、この地に隠棲した大石内蔵助を偲んで、義士ゆかりの寺院も多く点在する京都府山科周辺で始まった祭り。義士行列が毘沙門堂を出発、47士の遺髪が納められている浅野家の菩提寺瑞光院での法要後、子供義士行列などが加わり、岩屋寺、大石神社 (京都府山科区)までをパレードする。

 

法住寺義士会 - 京都府京都市東山区にある法住寺で行われる。山科に閑居していた内蔵助が法住寺の身代り不動尊に参拝していたと伝えられ、四十七士木像御宝前にて法要の後、討入りそばやお茶席などの接待がある。

 

大阪義士祭 - 大阪府天王寺区にある、赤穂藩浅野家の祈願所であった吉祥寺 (大阪市天王寺区)で行われる。子供義士時代行列の他、武道、太鼓、吟詠、落語などの奉納が行われ、討入そばの接待がある。毎年、赤穂からの交流大使が参加し赤穂義士会からの親書が伝達される。

 

古市義士祭 - 兵庫県篠山市。不破数右衛門ゆかりの宗玄寺を中心に行われる。子供義士行列が行われ、義士そばが振舞われる。

 

加東市赤穂義士祭 - 兵庫県加東市家原にある浅野家の祈願所であった観音寺で行われる。義士祭では追善法要のほか、少年剣道大会や中学駅伝大会などが開かれる。

 

久学寺義士祭 - 兵庫県加西市上芥田町にある、浅野家ゆかりの三がく寺(花岳寺、泉岳寺)の一つ、河上山久学寺で行われる。追善法要や講話、尺八演奏などがある。加西市では、小野寺十内の菩提寺である、多聞寺でも義士供養祭が行われている。

 

豊岡義士祭 - 大石内蔵助の妻香林院(りく)の里である兵庫県豊岡市で行われる義士祭。りくの遺髪塚がある正福寺(豊岡市日撫)では、義士の追善法要や、豊岡義士会の主催のそば会があり賑わう。


大石りくまつり(おおいしりくまつり)は、兵庫県豊岡市で毎年10月に開催される祭り。

 

三次義士祭 - 広島県三次市にある芸州浅野藩の菩提寺鳳源寺を中心に行われる。浅野内匠頭長矩の正室阿久利の里。平成27年(2015)から中断中。

 

三原義士祭 - 広島県三原市にある宗光寺を中心に行われる。芸州浅野家の城下であり『仮名手本忠臣蔵』の作者の一人並木宗輔ゆかりのまちであることから、大正13(1924)年から行われ、一時期途絶えたが、平成28年(2016)に復活した。旧暦の12月14日にあたる1月23日に行われる。

 

赤穂義士討入り大祭 - 広島県広島市にある、浅野家ゆかりの明星院 (広島市)で行なわれる。本堂には原爆の被害から焼失を免れた赤穂浪士の木像が保存されており、子供義士行列や、討入りそばの接待、お茶席などがある。

 

松山義士祭 - 愛媛県松山市末広町にある興聖寺周辺で行われる。討ち入り後、松山藩江戸屋敷にお預けになった10士のうち、木村岡右衛門貞行と大高源吾忠雄の遺髪を、2士の介錯人である宮原久太夫頼安の菩提寺である興聖寺に埋葬した由縁で行われている。義士の慰霊法要のあと討ち入りそばが振る舞われる。

 

福岡義士祭 - 福岡県福岡市にある興宗寺 (福岡市)で行われる。昭和になって泉岳寺にある赤穂四十七士の墓と同じ様式の墓所が興宗寺境内に復元されたのを機に、毎年12月14日に義士祭が開催されている。黒田藩に伝わる砲術「陽流抱え大筒」の奉納披露が行われ、討ち入りそばやかゆが振舞われる。

 

若松忠臣蔵 - 福岡県北九州市若松区にある恵比須神社において、昭和62年頃より行われる赤穂義士を称える伝統行事。建物が国の有形文化財でもある創業120年を誇る老舗料亭「金鍋」で、47士の名前と家紋が入った会津塗の膳が発見された事が由縁とされる。

 

山鹿義士まつり - 熊本県山鹿市にある日輪寺を中心とした義士まつり(毎年2月4日)。江戸の細川藩邸で赤穂義士の接待役を務めた堀内伝右衛門が赤穂義士の義挙に感銘を受け、遺髪塔を日輪寺に建立したとされる。赤穂十七義士慰霊祭。

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