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春夏秋冬、風に吹かれて無常の世を漂い、旅する愛しき日々

日々のニュースや出来事・記念日・季節祭事・催事・時事・情報・気づき、等を風に吹かれながらまったりとお知らせしています。

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8月11日はガンバレの日などの記念日&LIGHT UP NIPPONの東日本大震災被災地追悼と復興の祈り花火大会 東日本ガンバレ~

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8月11日は山の日、ガンバレの日などの記念日&LIGHT UP NIPPONの花火大会。

◎山の日

「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」国民の祝日。

2014年に「山の日」を制定する祝日法改正法が可決され、2016年から施行される。

「海の日もあるなら山の日も」ということで制定運動が起こった。お盆前の8月12日とする予定だったが、日航123便墜落事故と同じ日であるとして反対され、8月11日とした。8月11日という日附に特に意味はない。

関聯記念日 •海の日 <7月第3月曜日>

 

○ガンバレの日


1936年8月11日に、ベルリンオリンピックの女子200m平泳ぎ決勝で、ラジオの実況をしていた日本放送協会の河西三省アナウンサーが前畑秀子選手に「前畑ガンバレ」と20回以上連呼し、日本中をわかせたことに由来。
前畑は優勝し、日本人女性として初めての金メダルを獲得した。


「前畑ガンバレ!」実況・河西三省 1936ベルリン五輪 前畑秀子200m平泳ぎ金メダル - YouTube

 最近は「ガンバレ」は良くないといわれていますが、私は若くてかわいい女の子に「がんばって~」と応援されると2倍も3倍も頑張っちゃいます。

単純なのね。

 

★河西 三省(かさい さんせい、本名読み:かさい みつみ、1898年(明治31年)9月16日 - 1970年(昭和45年)12月2日)は、日本のアナウンサー、実業家。昭和初期における、ラジオのスポーツ中継番組の実況アナウンスで広く知られ、現場を離れたのちはNHK浜松放送局長、日本放送出版協会社長を務めた。

この実況アナウンスは、翌日の読売新聞朝刊において「あらゆる日本人の息をとめるかと思われるほどの殺人的放送」と激賞された一方、「あれでは“応援放送”で、客観的な実況放送とは言えない」「第三位以下の選手の順位が不明で、スポーツ中継としては“欠陥商品”だ」といった批判も少なくなかった。河西自身は、「放送席のそばにいた陸上の西田、大江らが『そーれ、ガンバレ、そーれ、ガンバレ』と声援を送っていたので、おれも一緒になって『がんばれ、がんばれ』とやってしまった」と述懐している。

★前畑秀子
前畑 秀子(まえはた ひでこ、1914年(大正3年)5月20日 - 1995年(平成7年)2月24日)は、和歌山県伊都郡橋本町(現・橋本市)出身の水泳選手。日本女性で初の金メダルを獲得した。 結婚後の姓は兵藤(ひょうどう)といい、「兵藤秀子」の名前でもよく知られている。
オリンピック獲得メダル
銀 1932 女子 200m平泳ぎ
金 1936 女子 200m平泳ぎ


1932年(昭和7年)に開催された第10回大会ロサンゼルスオリンピックの200m平泳ぎに出場し、銀メダルを獲得した(金メダルはオーストラリアのクレア・デニスで、前畑とは0.1秒差だった)。
大会後は家庭の事情もあり、引退も考えたが、祝賀会に駆けつけた東京市長の永田秀次郎が前畑に「なぜ君は金メダルを取らなかったのか。0.1秒差ではないか。無念でたまらない」と涙を流さんばかりに説得するなど(当時、永田は東京市長としてオリンピック誘致に奔走していた)、周囲の大きな期待に押され現役続行を決意する。1日に2万メートル泳ぎきる猛練習を重ね、1933年(昭和8年)9月30日には200m平泳ぎの世界新記録を樹立する。

3年後の1936年(昭和11年)、ナチス体制下のドイツで開かれたベルリンオリンピックの200m平泳ぎに出場し、地元ドイツのマルタ・ゲネンゲルとデッドヒートを繰り広げて、約1秒差で見事勝利を収める。日本人女性として五輪史上初めてとなる金メダルを獲得した。この試合をラジオ中継で実況したNHKの河西三省アナウンサーは、中継開始予定時刻の午前0時を過ぎたため「スイッチを切らないでください」という言葉から始めた。

河西アナは、興奮のあまり途中から「前畑ガンバレ!前畑ガンバレ!」と20回以上も絶叫し、真夜中にラジオ中継を聴いていた当時の日本人を熱狂させた。この放送を聴いていた名古屋新聞浜支局の支局長が興奮のあまりショック死したともいわれている。

その放送は現在でも語り草となっており、レコード化もされている(ただし一部は異なっており、「前畑危ない」というセリフはカットされている)。

また、ヨーロッパを視察中だった鉄道省技師の島秀雄が、この競技を実際に観戦していた。前畑はその後も世界記録を何度も樹立し、200m平泳ぎなどで活躍した。

1937年(昭和12年)、前畑は名古屋医科大学(後の名古屋帝国大学、現在の名古屋大学医学部)助手の兵藤正彦とお見合い結婚をして兵藤姓となる。

引退後は椙山女学園職員として後進の育成に努め、ママさん水泳教室を開くなど一般への普及にも貢献した。

1964年(昭和39年)11月の秋の褒章で紫綬褒章を受章。

1977年(昭和52年)ベルリンでゲネンゲルと再会、二人は一緒に50mを泳いだ。

1983年(昭和58年)に脳溢血で倒れるがリハビリにより再びプールに復帰した。

1990年(平成2年)、日本女子スポーツ界より初めて文化功労者に選ばれた。

1995年(平成7年)2月24日、急性腎不全のため80歳で死去した。

趣味として麻雀があり、正月休みは親戚宅で連日麻雀大会に打ち興じていたという。

「スポーツシャワー〜ヒーローに花束を〜」のインタビューの中で「練習中、泳いでいながらプールの中で汗が流れるのがわかった」と当時の過酷な練習を振り返っていた。

★マルタ・ゲネンゲル(Martha Genenger, 1911年11月11日- 1995年8月1日)は、ドイツの競泳選手。1934年に行われた欧州選手権の200m平泳ぎで優勝ヨーロッパチャンピオンとなっていた。1936年地元ドイツで行われたベルリンオリンピックで日本の前畑秀子と大接戦の末銀メダルを獲得した。タイムは3分4秒2で、前畑にわずか0.6秒の遅れであった。

ベルリン大会後はコーチとして水泳に携った。

1977年、ベルリンにて前畑と再会した。二人は抱き合い、一緒に50mを泳ぎ自宅に泊めたという。

1995年、前畑が亡くなってから約5ヶ月後に84歳で亡くなった。


▽独立記念日 [チャド]

1960年のこの日、アフリカ中央部のチャドがフランスからの独立を宣言した。


●8月11日 歴史・出来事
BC3114年マヤ暦の始りの日。
1158年在位3年の後白河天皇が守仁親王(二条天皇)に譲位し、上皇となって院政を開始。(新暦9月5日)
1639年江戸城本丸が全焼。(新暦9月8日)1688年松尾芭蕉が『更科紀行』の旅に出発。(新暦9月5日)
1707年「生類憐みの令」により、どじょう・うなぎ・鳥を扱う商売が禁止に。(新暦9月6日)
1889年甲武鉄道・立川~八王子(現在の中央本線)が延伸開業。新宿~八王子1時間17分。
1914年第一次大戦で、フランスがオーストリアに宣戦布告。
1936年ベルリン五輪の女子200メートル平泳ぎで前畑秀子が優勝。実況の河西三省アナが「前畑頑張れ」を連呼。
1965年帝人が日本で初めてのミニスカート「テイジンエル」を発売。ミニスカートブームに。

 

●8月11日 誕生花
紋天竺葵[もんてんじくあおい]<赤> Geranium Zonal花言葉:慰安
紅花 Safflower花言葉:女の意地 装い、化粧
パキスタキス・ルテア Pachystachys lutea(学名)花言葉:美しい娘
ゼラニウム(ピンク) 君ありて幸福、友情、慰め、決心、愛情
ルコウソウ(縷紅草) 多忙、おせっかい、でしゃばり
ハクチョウゲ 純愛


●8月11日 誕生日
1661年(寛文元年7月17日) - 宝井(榎本)其角、俳諧師(+ 1707年)
1667年淺野内匠頭長矩[あさの・たくみのかみながより] (大名,赤穂藩主)[1701年3月14日歿]

1833年(天保4年6月26日) - 木戸孝允、明治の元勲(+ 1877年)
1892年吉川英治[よしかわ・えいじ] (小説家『宮本武蔵』『私本太平記』)[1962年9月7日]
1894年城戸四郎[きど・しろう] (経営者,松竹社長)[1977年4月18日歿]
1909年古関裕而[こせき・ゆうじ] (作曲家『長崎の鐘』『栄冠は君に輝く』)[1989年8月18日歿]
1913年 - フランク・プゥルセル、イージーリスニングのバンドマスター(+ 2000年)
1927年スチュアート・ローゼンバーグ (米:映画監督『悪魔の棲む家』)Stuart Rosenberg[2007年3月15日]
1927年安西篤子[あんざい・あつこ] (小説家『張少子の話』『黒鳥』)1964年下期直木賞
1932年岸惠子[きし・けいこ] (女優)
1932年小林亜星[こばやし・あせい] (作曲家)
1942年中尾彬[なかお・あきら] (俳優)
1944年浅利香津代[あさり・かづよ] (女優)
1947年 - 木村夏江、女優
1952年小山ルミ[こやま・るみ] (歌手[元],女優[元])
1957年孫正義[そん・まさよし] (経営者,ソフトバンク創業)
1972年小林綾子[こばやし・あやこ] (女優)


●8月11日 忌日
1626年ヌルハチ(奴児哈赤) (清の皇帝(初代),清朝を建国) <67歳>Nurhaci[1559年1月5日生]
1772年(安永元年7月13日) - 酒井忠恭、江戸幕府老中、姫路藩主(* 1710年)
1919年アンドリュー・カーネギー (米:実業家「鉄鋼王」) <83歳>Andrew Carnegie[1835年11月25日生]
1973年菅井一郎[すがい・いちろう] (俳優,映画監督) <66歳>[1907年7月25日生]
1983年山本薩夫[やまもと・さつお] (映画監督『戦争と人間』) <73歳>[1910年7月15日生]
1988年 - アン・ラムジー、女優(* 1929年)
1996年 - ラファエル・クーベリック、指揮者、作曲家(* 1914年)
2014年ロビン・ウィリアムズ (米:俳優『ミセス・ダウト』) <62歳>Robin Williams[1952年7月21日生]
2014年嵯峨京子[さが・きょうこ] (女優[元]) <73歳>[1941年1月13日生]


◆8月11日のイベントついて

●三国花火大会( 日本 福井県坂井市三国町) 毎年8月11日に行われている北陸最大級の花火大会。


●LIGHT UP NIPPON( 日本 岩手県・宮城県・福島県) 毎年8月11日に行われている東日本大震災復興祈願イベントを兼ねた花火大会。

・LIGHT UP NIPPONとは


「東北を、日本を、花火で、元気に。」をスローガンに、東日本大震災被災地の太平洋沿岸十数箇所で、8月11日19時に、鎮魂と復興の祈りを込めた花火を、一斉にうちあげる活動。
2011年8月11日から今年で5回目となる。

LIGHT UP NIPPON 開催日時

2011年より毎年8月11日 19:00-

・内容

「東北を、日本を、花火で、元気に。」 をキーメッセージに、
 東北の太平洋沿岸複数個所で、「追悼」と「復興」の祈りを込めて、一斉に花火を打ち上げます。
 冒頭には、坂本龍一氏演奏の「赤とんぼ」に合わせて花火を打ち上げ、
 「追悼」の祈りを込め、その後は各開催地独自の演出で花火を上げていきます。

この夏も、東北から北関東にかけての太平洋沿岸で、一斉に花火を打ち上げます。
東日本大震災被災地の太平洋沿岸複数ヶ所で、追悼と復興の祈りを込めた花火大会を、月命日の8月11日19時から「一斉に」開催してきました。そして今年も、東北12カ所、東京1カ所(予定)で実施します。


本来、花火が持っていた「追悼」と「復興」の意味を込めて。

地元と協同しながら、東北を、日本を、明るく、元気に。

・LIGHT UP NIPPON 2015 開催要項

【開催日】2015年8月11日(火)19:00 全会場一斉打ち上げ
【開催予定地】合計 12カ所 + 特別開催1カ所
        岩手県6カ所、宮城県5カ所、福島県1カ所 + 神宮外苑花火大会を共催
 【開催地内訳(予定)】
 <岩手県> 野田村、田野畑村、宮古市、大槌町、釜石市、大船渡市
 <宮城県> 気仙沼市、南三陸町、石巻市雄勝町、山元町、仙台港
 <福島県> いわき市

・2015年8月11日、神宮外苑花火大会とコラボレーションします
30年以上の歴史を持ち、東京の真ん中で行われてきた「神宮外苑花火大会」とのコラボレーション。「東北を、日本を、元気にしよう」という共通の想いのもと、東京の真ん中に日本中を”どっかん!”と元気にする「祭」を創ります。

 会場には、東北を中心に沢山の地域物産屋台を設置。東京の真ん中で東北や地域を感じながら、夕方からはメインステージで音楽ライブや諸国芸能などを披露。そして、夜にはメインの花火がスタートします。

・コンセプト -Concept-
3月11日、東日本を襲った未曾有の地震と津波に被災されたひとりひとりが、
ふたたび未来へと歩みはじめるきっかけをつくりたい。

被災地の悲しみや苦しみが、私たちの想像をはるかに超えるものだとしても、
これまでと同じように、生きること、生き続けることの先には、希望や喜びがある。
そんな当たり前のことを、改めて感じる機会をつくりたい。


主催

LIGHT UP NIPPON 実行委員会